不幸なフーコ(27)

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ライト文芸

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26話

 真っ直ぐ家に帰らずに、哲宏の家に寄った。庭に自転車があるのを確認してから、ピンポンを押す。

 インターフォンのカメラに私が映っているのが見えたのだろう。返事はなく、ただ、ガチャ、と鍵が開く音がした。

「お邪魔します」

 ドアを開けたときにはすでに哲宏の姿はなかった。靴の量を見ると、案の定、彼の両親はまだ帰ってきていなかった。共働きで、特に彼のお母さんは、バリバリのキャリアウーマンだ。朝すれ違うと、「おはよう!」と、颯爽と歩いていく姿を格好いいと思う。

「何?」

 相変わらず漫画を読むのが好きな男である。綾斗にいろいろ貸してくれるのはいいけど、ちゃんとジャンルは選んでくれているんだろうか。

 そんなことを考えながら、鞄から手紙を取り出した。

「ん」

 無言で突き出すと、向こうも無言で受け取る。頓着せずにビリビリと封筒を破くのに、自然と眉根が寄ってしまう。

 封筒は、私が用意した。招待状を意識して、白の洋封筒だ。ちょっとレタリングにも凝って宛名も書いたのに、一切見てもくれない。

 中から出てきたチケットの裏面をチェック、それからハート型に折りたたまれた手紙を読む。

 視線の動きから読み終えたのを確認できたところで、「ということなので、遊びに来てね」と、声をかけた。

「フーコのとこは縁日だってさ」

 そう言ってから、あ、手紙に書いてあるか、と思う。

 哲宏は表情ひとつ変えずに、手紙を折り目にそって戻し始めた。

 が、不器用な男である。ハート型だったはずの手紙は、元に戻らなかった。途中で諦めて、普通に四つ折りにたたみ直して、封筒に戻す。

「ちなみにお前のは?」

「ん? うち? うちのクラスはプリクラ屋さん」

 ゲームセンターにある奴は、男子だけでは撮影できないらしいけど、うちのクラスのは男だけでも大歓迎。

 っていうか、哲宏って普通のプリクラも撮ったことがあるんだろうか。なんかこういうの、馬鹿にしそうなタイプなんだけど、聞いたところで、来るつもりでいるのか。

 哲宏は首を横に振った。

「お前のクラスの出し物はどうでもいい。お前のチケット」

「チケット? 家族に渡す分以外は、まだ余ってるけど」

 哲宏は手を出した。

 何これ?

「友達と一緒に行くから、お前の分もくれ」

「はぁ」

 寄越せと言われないだけマシかもしれないが、それにしても、人にものを頼む態度か、これが。

 まじまじと彼のてのひらを見つめていると、指をちょいちょいと折り曲げて、催促された。

 ま、いいか。どうせ取っておいても、誰かに巻き上げられるだけの浮きチケットだ。

 それに、「どうせ誘う男友達もいない」と思われているのも癪だし。

 何か言われたら、「中学のときの友人にあげた」と、事実をそのまま伝えよう。ここで「男友達」と言わないのがミソだ。相手の関心事は濁してやることで、優位に立つ。

 哲宏との仲直りの証としても、文化祭チケットは申し分ない。

 クリアファイルの中に入れっぱなしだったチケットを、裸のまま渡す。手のひらに載せかけて、一応断っておく。

「私はチケットに、名前、書かないわよ?」

 哲宏は風子の名前が書かれたチケットと私の顔を見比べて、「それが?」という顔をした。

 その後、家に帰った私を出迎えた母は、私を見てから首を傾げた。

「なに? なんか機嫌よさそうじゃない」

 自覚はないので、頬を擦る。

「別に。そんなんじゃないけど」

 母は「ちょっと」と、話を続けたそうだったが、私には話すことなどない。結局、すぐに諦めて、テレビに向き直っていた。

 そして私は、知らん顔して二階の自室へ。入れ違いにリビングへ行こうとする凜莉花と出くわす。

「あ」

 と、何か言いかけた凜莉花に「なに?」と返すが、ぶすくれた顔で「別に」としか返ってこない。言いたいことがあるなら、言えばいい。今日二回目の苛立ちだった。

 はっきりと本心を語らないのが、女の子の美徳とはいえ、家族なんだから何でも言ったってかまわないのに。

 風子のクラスで感じた、そして自分のクラスでも最近感じる、居心地の悪さを思い出す。

 ああいうのが女子校生活で求められる処世術なのだ。周りに合わせて生きるのは得意な方だけど、疲れることが多い。

 何も言わない凜莉花には、それ以上構わずに、部屋に入り、鞄を投げ出した。部屋着に着替えなければと思うものの、ベッドに腰を落ち着けると、動きたくなくなってしまう。

 窓に目を向ける。今はカーテンが閉まっているが、その向こうには、哲宏の部屋の窓が見えるのだ。

「あの哲宏が、ねぇ……」

 思い出して、忍び笑いが漏れた。

 あの朴念仁に、女子校の文化祭に行こう! などという計画ができるはずもなければ、そんなことを言い出す友人がいるはずがない。   

 だから、友達は言い訳。

 哲宏は、私から招待されたという事実が欲しかったのだ。

 男女の幼馴染みには、多少なりとも甘酸っぱい思い出がなければならない。彼の好きな漫画の世界では、お約束だ。

 てっきり彼は、私のことなんて好きでもなんでもないと思っていたけれど、やはり、学校が離れてしばらく経つと、懐かしさが勝ったのかもしれない。

 私は彼を恋愛の意味で意識したことはいまだかつてないが、哲宏が初めに付き合う女は、私だろうな、と思っていた。

 世慣れた男ではない。手近な私以外に手を出すことは、考えられなかった。

 風子は誰のものにもならない。私は彼女が、哲宏に惹かれていく様を、ただ観察していればいい。

 そして振られたところで、真っ先に慰めてあげられる。

 そう計算したからこそ、私は二人を近づけた。私の考えは正しいということが、チケットを要求されたことで、証明された。

 ベッドの上に寝転ぶ。

 哲宏への気持ちは、恋心ではないと、はっきり言える。ときめきもないし、動悸が激しくなることもない。

 しいて言うなら、風子に対する独占欲と、よく似ている気持ちだ。

 哲宏に告白されたら、なんて応えてあげればいいのかな。

 まだ何も言われていないのに、そんなことを考えた。

 それにしても、うちの学校の文化祭チケットのいわくを知らないあたり、彼らしいな、と思った。

28話

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