不幸なフーコ(28)

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ライト文芸

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27話

 文化祭までの日々は、長く感じられた。

 普通はあっという間だった、というのだろうけれども、私は早く日常に戻ってほしかった。

 風子のクラスに様子を見に行けば、ギャルたちがわざと聞こえるように、嫌味を言ってくる。かといって自分のクラスも居心地が悪い。

 その日割り当てられる仕事は簡単に終わってしまうものばかり。大変そうにしているクラスメイトを手伝おうとしても、喉の上の方に声は貼りついて、出てこなかった。

「やだもう。全然絵の具足りない!」

 クラスメイトが叫んだのに、私は自分の持っているものを分けようかと席を立った。けれど、私よりも先に、「コレ使って」と、赤のチューブを差し出す手。

「ありがと~。マジ助かる」

「困ったときはお互い様でしょ。終わったら、こっち手伝って」

「了解」

 自然なやりとりだった。二学期はクラス委員にならなかった、茅島さんだ。あちこちで困っているクラスメイトを、さりげなく手助けしている様子は、一学期の空回りしている姿からは、考えられなかった。

 夏休みに、いったいどんな心境の変化があったのか。私に突っかかってくることも、そういえばなくなっていた。

 彼女ですら、文化祭準備を通してクラスに馴染んでいるのに、私はぽつんと取り残されてしまっている。

 最近は、スマートフォンの通知がうるさい。クラスのグループLINEはフル稼働していて、文化祭への期待がはちきれそうになっている。

 それが煩わしくて、私は思い切って、通知をオフにした。別に、私が反応しなくたって、どころか読まなくたって、支障はない。

 文化祭なんて早く終わって、日常が戻ってくればいい。

 そうすれば、またクラスの人たちと、当たり障りのない関係に戻れるはずだ。根拠はないけれど、そう思う。

 風子もクラスの出し物の準備で忙しくしていた。手持ち無沙汰に待っているわけにも行かず、こういうとき、部活に入っていてよかったと思う。

 無理矢理部長に入部させられた形だったし、春の段階では感謝することなんて絶対にないと思っていたけれど、体育館という逃げ場をすぐに思いついたことは、ありがたかった。

 体育館ステージは、文化祭前日のリハーサル以外では使用許可が降りない。舞台を使うクラスや部活動は、他の場所での練習を余儀なくされている。

 私はひとり、体育館の隅でぼんやりする。ひとりしかいない空間なのに、どうして人は、端に寄ってしまうのか。それとも私だけなのか。

 授業中にでたらめな方向に飛んでいき、そのまま放置されているバスケットボールがあった。忘れ去られて、どのくらいの時間が経過したのだろう。

 なんとなく、他人事とは思えずに拾い上げて、地面についた。

 バスケは得意じゃないけれど、動かなければドリブルくらいできる。やることがないからやっているだけ。手慰み程度のものだったが、無心で跳ね返るボールを床に叩きつけていると、幾分すっきりするように感じた。

「なーにやってんのさ」

 声をかけられて、ボールを両手でキャッチする。

「部長」

 部活を引退後、顔を合わせることも少なくなっていた香織先輩が、にやりと笑って立っていた。彼女は、「もうあたしは部長じゃないって」と言いながら近寄ってきて、私の手からボールを奪い取った。

 鮮やかなボールさばきで一気にゴール下まで行って、お手本のようなレイアップシュートを決める。ゴールネットに触れることすらなく、ボールは落ちてきた。

 それを拾い、私にパスをしてくる。

「先輩は、バスケ部でもやっていけそうですね」

「球技全般得意なの」

 胸を張る彼女の前で、下手くそなドリブルを披露。ゆっくりとゴール下、右斜め四十五度のところから、狙ってシュートを放つも、ダメだった。

「で? 初めての文化祭なのに、クラスの準備しなくていいの?」

「先輩だって、高校生活最後の文化祭じゃないですか」

 揚げ足を取ると、「すぐ戻るよ」と言われた。香織先輩は私と違う。クラスでもうまくやれていて、中心人物なのだろう。

 先輩と話をしていても、心の鬱屈が晴れるわけじゃない。むしろ一層暗くなるばかりで、私は先輩の存在を無視して、淡々とシュートを放ち続けた。けれど、一向に入る気配がない。手応えがないんだから、当たり前だ。

 早く教室に戻ってくれないかな。この人、何しに来たんだろう。

 口に出しちゃいけないことくらい、わかる。邪魔だな、とか鬱陶しいな、とか、そういうよくない考えばかり浮かぶ。

 沈黙は、何よりも雄弁だった。私の中のもやもや、苛立ちを、先輩は鋭く察知していた。

「あの子。天木さん、だっけ? 頼まれたの。あんたが落ち込んでいるけど、あたしじゃ何もできないから助けてあげて、って。最初、何言ってんのかわかんなかったけどさ、根気よく聞いてたら、そういうことだったから」

 クラスにもいなかったから、ひょっとしたらと思ってね。

「意外とバレー、好きなんじゃん?」

 いたずらっぽく笑った香織先輩だが、私はちっとも面白くなかった。殴られたような気分で、立ち尽くした。

 風子が私を心配していた?

 なんで?

 私はあの子のお姉ちゃんで親友で……心配される筋合いなんてない。

「大丈夫です。うまくやれてますから」

「野乃花」

「教室に戻ります。先輩も、早く戻ったらどうですか」

 硬い声と態度を咎めようとする先輩を背にして、私は体育館から逃げた。逃避にちょうどいい場所だと思っていたのに、そこからも逃げてしまった。

 体育館から校舎へと続く渡り廊下を走る。

 悔しい。

 悔しい!

 風子は空気が読めなくて、私以外に長く付き合う友達もいなくて、いつも私が心配する側だった。ほとんど話したことがない先輩に相談しようなんて、自分で思いついて行動するはずがなかった。

 誰の入れ知恵?

 風子のクラスの同級生たちの顔が、浮かんでは消える。誰が誰なのか、名前も知らない彼女たちの顔は、はっきりと覚えていなかった。でもきっと、あの中の誰かだ。

『あなたの友達、うちの教室にばっかり来るよね。クラスでうまくいってないんじゃない? 大丈夫?』

 なんて、風子をそそのかしたに違いないのだ。

 見下されている。私の方が頭がいいのに。

 クラスでぎくしゃくしているのだって、他の同級生よりも、私がはるかにいろんなことを考えているからだ。

 なのにどうして、馬鹿にされなきゃならない? ほとんど見ず知らずの相手に?

 勢いに任せて、教室に戻った。ドアを開けると、思いのほか大きな音がして、中にいたクラスメイトたちが一斉にこちらを向いた。

 何か言われるのだと、身構えた。

 何をしてたの? 準備手伝ってよ。やる気あるの? 

 そんな、マイナスの言葉でもいいから、かけてほしかった。

 けれど、彼女たちはこちらを見たのと同様、また一斉に、自分の作業に戻っていった。楽しそうに話をしていて、私のことはまるで、最初からいなかったかのように。

 心がざらつく。肌が粟立つ。私はここに、確かにいるのに。

 無性に風子の脳天気な笑顔が見たくなった。あっちのクラスなら、敵対視くらいはされるだろうか。そんな賭けをしたい気持ちに駆られる。

 でも、もしも、風子のクラスでも無視されたら?

 風子すら、話しかけてこなかったら?

 そう思うと恐ろしくて、私にできることは、ひとつしかなかった。

 自分の席に座り、ぽつんと解散時間まで過ごすことしか、できなかった。

 ああ。早く文化祭なんて、終わってしまえ。

29話

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