高嶺のガワオタ(36)

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ライト文芸

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35話

 帰ってくるなり、青ざめた表情で部屋に駆け込んだ息子を見ても、母は何も言わなかった。最近は、外に出ることも増えていい傾向だったのに、と溜息をつきたい気持ちだったかもしれないが、放っておいてくれた。

 妹ですら、優しかった。一人で震える兄を、罵倒することはなかった。おそらく飛天が、引きこもりになったばかりの頃を思い出したのだろう。

 布団を頭から被った状態で、スマートフォンを開く。映理や次郎、それから太陽(連絡先は、次郎から聞いたのだろう。彼らはすぐに仲良くなった)からも連絡が入っていたが、トークアプリ自体を消してしまって、メッセージが届かないようにした。

 フリック入力で自分の名前を検索バーに打ち込もうとするが、なかなか上手くできない。何度もやり直して漢字変換する。 

 飛天の名前を検索したときに、真っ先に出てくるサジェストは「炎上」だった。これはあの時から、変わらない。

 二番目、三番目を見ると、次郎の通っていた専門学校の名前と、「アマ映画」というキーワードが指示されている。

 それだけで飛天は、昨日自分があそこにいたこと、それから太陽の撮影した映画に出演していることが拡散されたのを悟った。

 検索を実行する気には到底なれず、飛天はそのままスマートフォンを放り出した。

 そもそも元凶は、自分ではない。情報流出させた人間だ。

 飛天は突っ伏しながら、これまでのことを思い出す。

 三年前の春のことだ。撮影に参加していたエキストラのひとりが、緘口令に従わずに、SNSで情報発信……いや、情報漏洩を行った。

『次のライダー、元アイドルの品川飛天が出てる。たぶん、2号ライダー』

 と。

 その人物の狙いは、いまだにわからない。だが、新番組に関することは機密事項だ。飛天自身、オーディションの結果はだいぶ前に出ていたが、家族にすら言っていなかったのだ。

 事務所を移り、役者に専念するようになってからは、舞台作品が多かった。主人公の友人兼ライバル役などという大役は、アイドル時代にもなかった。

 それだけ大きな仕事だ。親も舞い上がってしまうかもしれない。親戚や誰かとの話のついでに、自慢してばらしてしまう恐れがある。

 制作会社の人にそう言われて、「テレビドラマの仕事が決まった」としか、伝えていなかったのである。

 なのに、全然関係ない、何にも責任を持たないエキストラなんかに、ばらされてしまった。

 その人間は、良心的・・・な特撮ファンによって叩かれ、アカウントを消すに至ったし、制作側による責任追及も成されただろう。

 そこで話が終わっていれば、飛天は被害者だった。シリーズのファンが同情こそすれ、憎むようなことはなかった。

 一度ネットにアップされた情報は、消えない。飛天が仮面ライダーに出演することは、公式に発表はないが、皆が知る事実となった。

 SNSアカウントは持っていたが、その時期は一言も呟かなかった。制作会社と事務所から、何も言うなと釘をさされていた。

 事態が新たな展開を見せたのは、やはりひとつのアカウントによるものだった。アイコンも空欄のまま、いわゆる「捨てアカウント」だ。自分の身元を明かすことなく、目的を達成したらすぐに消されるアカウントだ。

 その主な目的は、特定の人物に対する攻撃。

『お前ら馬鹿にされてんぞwwww』

 その呟きに添付されていた写真は、かなり昔のアイドル雑誌のインタビューだった。飛天が事務所に入って間もなく、中学生のときのものだ。下手をすると、小学生かもしれない。

 ご丁寧に赤ペンで強調してまで、当時の飛天の発言をあげつらう。

 ――特撮? そんな子供の番組やだよ。

 どんな話の流れで、そんな発言に至ったのか。はっきりした記憶はない。ただ、一緒に取材を受けたのが先輩ばかりだったので、きっとガキっぽい自分をからかわれたのだと思う。

 子供ときの話だ。誰にだって、「特撮なんて子供っぽくて格好悪い」と感じる時期がある。技術だとかストーリーだとか、そういうのは抜きに、ただただ、周りへのプライドで、「俺は特撮なんて卒業したんだ」と言い張る時期が。

 前後の脈絡は見えないようにされ、その言葉だけが独り歩きしていた。これが、特撮オタクと呼ばれる人間たちの逆鱗に触れた。

37話

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