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<40話
早川たちの糾弾は時間がかかりそうだったので、幹也と雪彦は、電車で帰宅した。道中、二人は何も言わなかったし、聞かなかった。
何もなくなった幹也のマンションに戻る。彼はエレベーターに乗って、ようやくほっと一息ついた。すでに夜は深い。腹が小さく鳴ったが、冷蔵庫には何もないことを思い出して、雪彦は「しまった」と思った。途中で何かを買ってくるべきだった。
それでも「ちょっとコンビニへ……」と言わなかったのは、今度は自分と幹也の間で一戦交えなければならないとわかっていたからだった。
見知らぬ大人たちの前で、雪彦は正々堂々と、幹也のことをパートナーだと言い放った。それに対する答えをもらうのが、勝利条件である。
部屋に入ると、涼しい風が吹いてくる。室温は寒いくらいになっていた。エアコンを切るのを忘れていた。
二人はソファに並んで座る。言いたいことは山ほどあって、聞きたいことも同じくらいある。何から言えばいいのかわからずに、妙な緊張感が場を支配していた。
動いたのは、幹也からだった。
「雪彦さん……ごめんなさい」
「へ!?」
盛大な公開告白の返事かと思って、雪彦は慌てた。どうして、俺の何がいけないというんだ。そんな言葉が喉まで出かかった。
「勝手にいなくなったりして、心配かけましたよね」
なんだそっちか。
あたふたしてしまったのが恥ずかしくなって、雪彦は不自然なほど、表情をきりりと引き締めた。
「あの会議の結果によっては、家に連れ戻される可能性もあったし、そうじゃなくても、もうこの部屋を出ようと思ったんです」
きっかけはやはり、兄からの電話だった。何度も罵倒されて、学問の邪魔をされて、どうしてこんな人間と家族をやっているのだろう、と。葛葉の姓を捨ててしまおう。幸い幹也には、後見を務めてくれるであろう伯父がいる。
「この部屋は、父のものだから」
試験を受けなかったため、来学期の特待生は絶望的だ。半年分の学費については、早川に借金をするつもりでいる。後期は完璧な成績を上げて、来年度は特待生に返り咲く。奨学金を借りて、家庭教師のアルバイトでもすれば、安いアパートでの一人暮らしは可能だろう。善は急げとばかりに、幹也はすべてを処分して、会議のために実家に一時帰省した。
雪彦たちが来なくとも、幹也はひとりで戦うつもりでいた。兄たちに罵倒され、気圧されたせいで何もできなかったけれど。
「人生をやり直すつもりで」
うんうんと頷いて聞いていた雪彦だったが、「ちょっと待てよ」とそこで初めて口を挟んだ。
「それって、俺のことも捨てるつもりで、避けてたってことか?」
ご主人様になってくれと請われるがままになり、本気で好きになったときには捨てられそうになるなんて。
雪彦はショックを受けた顔を隠さなかった。そのせいで、幹也は慌てる。
「ち、違います! その、雪彦さんを避けてたのは……」
ぎゅっと彼はTシャツの裾を握りしめた。こんなことを言っても嫌われないだろうか。震える身体からは、そんな不安ばかりが伝わってくる。
雪彦は彼を安心させるべく、肩を優しく叩き、抱き寄せた。気障な仕草になったかもしれない。それでも、「何を言われても、俺は隣にいる」という強い決意を示すためには、この行動がベストアンサーだと思う。
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