迷子のウサギ?(36)

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35話

 他人の好奇の目線に晒されることをあまり好まない――獣の耳と尾は、注目を集める。当然、好意的なものではない――ポチだったが、アパートの前に笹川が車を止めると、周囲を見渡すこともなく、ドアを開けると一目散に目当ての部屋に向かった。

 足をもつれさせながら、ベルを鳴らす手間も惜しい、と扉を開けた。鍵はかかっていなかった。薄暗い部屋の仲、ひくん、と鼻を動かして、ポチは寝室へと真っ直ぐに走る。

「ウサオ!」

 ベッドの上には山がひとつ。それが布団を被った状態で泣いているのだろうウサオであることは、一目瞭然だった。名前を呼びかけながら、ポチは山にそっと手を伸ばした。しかし、ウサオは涙に濡れた声で「触るなっ」と鋭く叫んだ。驚いてポチは動きを止める。

「……ウサオ……」

 遅れて到着した笹川を、ポチは泣きそうな目で見つめた。シャツの袖をちょん、と引っ張って不安を伝えてくるポチの頭を撫でてやって、ウサオの元へと向かう。

「何があった?」

 ウサオは布団を被ったまま、黙っている。少しの間待ってみても無駄で、これでは埒が明かないと笹川はやや強めにウサオに対して言った。

「何のために俺に助けを求めた? ……三船ではなく」

 俊の名前に反応したのか布団の山が揺れた。ポチは今更気がついたというように、「あれ、俊は?」と首を傾げる。

 ――たすけて、ください。

 電話から聞こえてきたウサオの声は、今まで一度も利いたことがないほど、弱々しいものだった。

 なんとなく、笹川にはウサオが自分を呼んだ理由が想像がついていた。それはヒューマン・アニマルとして生を受けたポチにとっては当たり前の日常だったけれど、元々が遺伝子を弄られていない人間だったウサオにとって、口にするのは憚られることだ。

 だからといって笹川が勝手に暴くことのできない、デリケートな問題だ。根気よく説得を続け、ウサオ自身の口から聞くしかないのだ。

 笹川は布団ヤドカリの隣に腰を下ろした。すると、ようやくおずおずとウサオが布団の隙間から顔を覗かせる。耳はいつもよりも垂れ下がっていて、目は真っ赤に腫れている。ひどい顔だが、笹川は何も言わなかった。

 ポチはそんなウサオの様子を見て、何か言いたそうにしていたが、笹川の目によって制されて、渋々口を噤んだ。心配なのはわかるが、今は笹川がゆっくりと対応しなければならない時だ。

「ウサオ。何があった」

 再び尋ねる。ウサオはずず、と鼻を啜りながら、「言いたくありません……言えません」と硬い声を出す。助けてほしい。なのに問題の本質を答えることはできない。大きな矛盾のように見えるが、こんなことは人間、生きていれば多かれ少なかれあることだ。

 説得に時間は必要だが、言葉はいらない。ただ真っ直ぐにウサオの目を見て、笹川は言う。

「信じろ」

 俺を。俺たちを。

 そう言うと、ポチは満足そうに笑って、ぶんぶんと首を縦に振り、ウサオを見つめた。ウサオがどんな話をしたとしても、軽蔑したりしない。笑ったりなんか、しない。共に考えて、解決できるように力を尽くす――

 ウサオは笹川たちの視線に晒されて、目を見開いた。とはいえ、泣き腫らしている瞼はいつもの三分の二くらいまでしか開かない。

「あのね、ウサオ。ウサオとおれ友達だろ? でね、なんでも話せる友達のこと、親友っていうんだって。おれね、ウサオと親友に、なりたいんだ」

「ポチ……」 

「おれの話も全部するよ。嘘なんてつかないよ。ウサオが泣いてたら、おれも悲しいよ。だからね、おれと浩輔は、ウサオのこと、助けたいの」

 それでもウサオは迷っている様子だった。ただし、ポチが布団の上からウサオに触れても、今度は拒絶しなかった。ゆっくり優しく自らを撫でている手を、受け入れている。

「信じるんだ。そうしたら俺たちは、力になる」

 再び笹川が繰り返すと、ウサオは口をぱくぱくさせた後で、きゅ、と引き結んだ。覚悟を決めた。そんな顔だった。

 被っていた布団からウサオは頭を出した。ばさり、と掛け布団が下に落ちると、ウサオは裸だった。肩には噛み傷も残っている。

 やはりそうか、と笹川は思ったが、何も言わなかったし、ポチも空気を読んで沈黙を貫いていた。ウサオが口を開くのを、待つだけだった。

37話

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