ろうそくを吹き消したら(12)

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11話

「すごく年下の子に、告白された。俺もその子のことを可愛いと思ってた。でも、当時中学生だったその子と付き合うとなったら、親御さんになんて言えばいいかわかんなくて。覚悟を決めるのに時間がかかりそうだったから、即答できなかった」

 勝弘は結局、直樹のまっすぐな気持ちを受け入れて、返したいと強く思うようになった。

「ふわふわした頭で家に帰って、そこで携帯に着信が来てたことに気がついた。実家からだった」

 便りがないのがよい便り、とばかりに、勝弘は用事がなければ、実家の家族とやり取りをしなかった。

 その気質は、井岡家の家族全員に共通するものだ。家庭教師として直樹と向き合っているときには、勉強を邪魔しないように、サイレントモードにしている。

 こんな風に何度も何度も着信を残すことは、大学入学以来、一度としてなかった。

 何か緊急の用事でも入ったのか。まだそのときは、軽い気持ちだった。自宅の固定電話に折り返すが、誰も出ない。

 まだ寝る時間には早い。だが、一家総出で出かける時間には、遅い。この時間なら、誰かが確実に出るはずなのに。

 そこで初めて、勝弘は不審に思い、母親の携帯電話にかけた。

 二コールで、母親は出た。

 ごめんごめん、着信に今気づいたんだ……へらへらと話し始めた勝弘を遮った母の声は、今まで聞いたことがない悲痛なものだった。

「妹が乱暴されて、病院にいる。泣きながら、母さんは言った」

 乱暴、と言葉は濁したが、レイプだ。加害者は、二十代の会社員。当然、中学一年生の妹と面識はなかった。部活が終わった帰り道、友人たちと別れ、一人になったところを狙われた。

 勝弘はいてもたってもいられず、すぐに地元へ帰り、病院に行った。だが、病室には入れてもらえなかった。

「お兄ちゃんでも、大人の男の人は嫌。妹はそう言って俺のことを拒絶した。そのとき俺は、気づいてしまった」

 中学一年生から見れば、未成年の大学生であっても、一括りに「大人の男」なのだ。それは妹だけではなく、直樹にとっても。

「中学生と付き合って、キスやそれ以上のことをするとなったら、俺は、妹を傷つけた犯人と同じになってしまう」

 中学生らしい初々しい付き合いを、ずっと続けていける自信は、勝弘にはなかった。好きだと思ったら、キスをしたいし、触りたい。

 けれど、それを実行することは、恋愛関係だと主張したところで、犯罪だと白い目を向けられる行為だ。

「中学生に触れたいと思う自分は、なんて汚いんだろう。こんな俺が、あの子の気持ちに応えちゃいけない。……そんな、自分勝手な理由だったんだ」

 この手は、直樹を褒めるときに、頭を撫でるためのものだ。性的な意図をもって彼に触った瞬間、凶器へと変わってしまう。

 先生、先生と一途に慕ってくれる直樹を、泣かせたくない。ずっと、彼の「先生」でいるためには、彼の元を離れるのが最良だと思われた。

「その後、いろんな女の子と付き合ったけど、全然本気になれなかった。女の子ってそういうの、敏感だよな。すぐバレちゃうんだから」

 穏やかに、勝弘は言った。

 本当は、自分の研究は振られる原因のひとつに過ぎないことをわかっていた。

 ずっと、勝弘の心の中には、直樹がいた。彼への想いを捨てきれないまま、交際を続ける勝弘の不誠実さを見抜いて、女たちは去って行った。

 見せかけだけの優しさなど、彼女たちには通用しなかった。

「もしも。もしも、大人になったあの子になら……俺も、言えるかな」

 あの頃から、ずっとずっと、大好きだよ……と。

 顔が熱かった。赤くなっていることは、ろうそくの明かりだけではわからないだろう。勝弘は一度大きく息を吸い、「じゃあ、消しますね」と宣言した。

 ふっと息を吹きかけると、儚い炎は一瞬にして消え、部屋の中は暗くなる。カーテンも閉じていて、今夜の月は細く、光も入ってこない。本当に真っ暗闇が目の前に広がっている。

 二十を数えたところで電気をつける手はずだった。目を閉じ、ゆっくりと数を数えていた勝弘だったが、どすん、という衝撃で目を開ける。

 髪の毛に触れる指。それから自分の物とは違う呼吸音や、心音を感じた。

 ああ、抱き締められているんだ。

 そう思った瞬間、大きな熱の塊は離れていき、明かりがついた。

 まばゆさに目を瞬かせながら、隣にいるはずの直樹を見た。

 クールな素振りでそっぽを向いているが、勝弘の目には、耳を真っ赤にしている、あの頃の少年が映った。

13話

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