恋愛詐欺師は愛を知らない(8)

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7話

 年上の男が、セックスのとき以外で泣いているところなんて、初めて見た。透明な雫が頬を流れていく映像は、ぼんやりしていると脳内で何度もリピートされる。

 薫は落ち着かない気持ちで、スマートフォンを弄っていた。ごろりと寝返りを打って、専用のフォルダに分けていた遼佑からのメールを、見返していた。

 トークアプリは使っていない、を押し通した。あの手の男は、既読スルーがどうのこうのとうるさいだろうから、面倒だ。

 二月からのやり取りだというのに、一日に何通も寄越すものだから、四ヶ月で五百通弱も溜まっていた。一歩間違えばストーカーである。

 勿論、そのすべてに薫は返信をしていたわけではない。くだらない日々の報告や、ハートの絵文字や自撮り写真だけが添付されたメールに、どう返事をすればいいのかわからなかったのもあるし、ただ単純に面倒だったのもある。

 遼佑の根っこの部分は、自分の話ばかりをする、子供だ。付き合い切れない部分は、薫は返信をしなかった。

 しかし、着信メールのタイトル一欄を眺めていると、少なくともこの一か月の間のメールには、返信マークがついている。

 そのうちの一つを開いてみると、「今日は足、痛そうだったけど大丈夫だった?」という内容だった。

 この日は二人で、レンタサイクルに乗って街中を走ったのを思い出す。その途中で薫が縁石に躓いて転び、膝を打ったのだ。

 遼佑はすぐに、近所の薬局で消毒液と絆創膏を買ってきて、手当をした。自分でできる、と主張したが、彼は聞かなかった。そのときの優しい温もりに溢れた眼差しは、しかし涙で濡れた眼へと変わっていく。

 ――お前なんか、嫌いだ!

 振り絞るような声がリフレインして、薫は胸の奥に苦い塊が落ちていくのを感じた。嫌い、というのは強すぎる言葉で、薫の人生において、言われることはほとんどなかった。

 愛くるしい顔立ちは、今すぐにでもアイドルになれる、と女子から人気だった。中身は年相応のやんちゃな男子だったので、同性からも嫌われたことは、ほぼない。

 初めてのことだから、こんなにもショックなのだろうか。保健室の消毒薬の臭いが沁み込んだベッドの上で、大きく息を吸い込み、薫はむせた。

 そういえば遼佑は、ちゃんと家に帰ることができただろうか。終電間際で引き留めてしまったから、もしかしたら乗り損なっているかもしれない。

 心配する義理はないのだが、一度気になると、どうしても駄目だった。目を閉じて、眠りにつこうとしても、無理だった。

「ああ、もう!」

 薫は叫んで、スマートフォンを取り出した。電話帳を探すよりも、通話履歴を呼び出した方が速い。家族以外に電話のやり取りをする相手など、遼佑しかいなかった。

 ワンコール、ツーコール。呼び出し音だけが、むなしく耳元で響いている。十回を数えたところで、ぶつりと切られた。明らかに、相手が薫だとわかっていて、彼は切った。

 不通音をいつまでも聞く気はなく、薫はスマートフォンをベッドの上に投げ置いた。

 明確な、話す気はないという意志表示に、思った以上にへこんでいる。嫌いなら、着信拒否にすればいいのに。そちらの方が、諦めがつく。

 薫は少し考えて、再びスマートフォンを手にし、今度はメールを送ることにした。挑発的な「あっかんべー」をしているキャラクター絵文字ひとつだけの本文を、送信した。

 勿論返事は、その日の夜になっても返ってこなかった。

9話

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