<<はじめから読む!
<26話
今年の桜は少し遅かった。高校の入学式の日にも、まだ花が残っていた。式を終えた光希はそのまま、恭弥の部屋へとやってきた。制服姿を早く見せたかったのだ、と笑う光希は、初めてこの部屋で抱き合ったのがわずか十日ほど前だというのに、その時よりも大人びて見えた。背も少し伸びたようだ。これは恭弥の勘違いではない。神崎もまた、ショックを受けていたというから。
学ランのイメージしかなかったが、紺のブレザーになるとまた印象ががらっと変わる。少しだけドキドキしてしまったのは、内緒だ。
「今日からまた頑張りますね。次は大学に向けて」
「僕に手伝えって?」
できれば、と光希は微笑んで、手を差し出した。恭弥は自分の手を重ねる。
「俺、御幸さんと同じ大学行きたいから……御幸さん、大学院進学するんだよね? 頑張ったら同じとこ、通えるよね?」
「あー……うん。でも僕、院は京都に戻ろうかと思って」
一年かけて講義に真面目に取り組んだ結果、研究したいテーマが具体的になった。その分野で実績を上げている教授の研究室が、向こうにあるのだ。
「……それって和桜よりも難しい?」
「難しいね……京都大学だもん……」
京都大学……と愕然とする光希は、しかし気を取り直して、
「まだ三年あるから! 頑張るよ、俺!」
と、やる気を見せた。
「京大行くなら、文系でも理系でもほぼ全部の教科網羅しなきゃダメだからね?」
「うっ」
高校入試の何倍も努力しなければならないということを実感して、光希は呻き声をあげた。
だから、と恭弥は光希の手を握りしめる。
「僕が教えてあげるよ。勉強も、他のことも、いろいろね」
いろいろ、に込めた意味を光希は正確に受け取ってにやにやした。
「……でもたぶん、エッチなことは俺が御幸さんに教えるようになると思うけどね。俺ってば、やりたい盛りなんだもん」
「っ! こら……ッ」
首筋へのキスも、十日前とは違い、まともなものになっている。立ったまま恭弥の尻を撫でさすり、官能を呼び覚まそうとする動きも器用なものだ。
これは本当に、セックスに関しては光希に教えてもらわなければならないことが出てくるかもしれない。いや、年上の矜持を何とか保たなければ……。
恭弥はそう考えて、上目遣いで光希を見つめた。この角度に男は弱い。
「……するなら、ベッドでして?」
まだ主導権は渡さない。いつか追い越される時が来たとしても、今はまだ、何事も光希を教え導く人間でありたいと思う。
「ね? 光希? ベッド行こ?」
光希の唇に指を当てて誘えば、光希は乗ってくる。むしゃぶりつくようなキスを受け止めて、恭弥は願う。
一気に大人にならないでいい。たくさん自分たちには学ぶべきことがある。二人でゆっくりと、関係を築き上げていきたい。
唇が離れる。うっとりと見上げる光希の顔は、格好いいとか美しいとか、そういうことはない。けれど誰よりも、好きだと恭弥は思う。
まだまだ成長期のヒーローは、恭弥にまっすぐに想いをぶつけてくる。愛しているは、まだ照れくさくて言えない。
「ねぇ、御幸さん。好き」
「僕も好きだよ」
未熟な自分たちには、シンプルなその言葉がぴったりだ。恭弥は何度も、愛の言葉を光希に贈った。今までもらった分も全部、返すように。
コメント