ごえんのお返しでございます【47】

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ごえんのお返しでございます

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【46】

 思い出した。すべて、思い出してしまった。

 姉が死ぬ前日、つまり卒業式の日の夜の出来事は、僕の中では完全に黒歴史。思い出したくないトラウマになっていたのだ。

 その諸悪の根源である姉が、命を絶った。そして僕は死体を見つけた。首をつり、ゆらゆらと揺れている、命を喪った肉塊を見た瞬間、僕はすべてを忘れたのだ。

「紡。紡? 大丈夫なの?」

 僕が倒れたため、大輔は部屋の探索を中止して、僕の部屋のベッドへと運び入れてくれていた。そして母と渚にも知らせ、ずっとついていてくれたんだろう。母の目には涙が浮かんでいる。

「うん、大丈夫……」

 余計な心配をかけてしまった。記憶喪失の僕に、姉の死を悟られないように暮らす毎日は、どれほど神経をすり減らすものだっただろう。想像に難くない。

「ねぇ、母さん」

 なめらかに声が出た。何もかも、わかった。あの黒く染まった糸を見た瞬間に、答えは出た。

「姉さんの遺書みたいなものって、ある?」

 気絶していた息子から、いきなり思いもよらないことを言われた母は、目を見開いていた。

「思い出したの……?」

 かすかにうなずいた。思い出したとはいっても、死体を見つけたときのことだとか、葬儀のときのことについては、まだ実感が伴わない。

 鮮明によみがえったのは、死の前日、狂ったように僕を求める姉の姿だ。

 母は涙を拭い、部屋を出て行った。それからすぐに戻ってくると、一通の封筒を差し出した。中にはノートを千切った紙がぺらりと入っている。

 姉の性格上、こんな風に折りたたんで封筒に入れるなんて、しない。ノートの切れ端っていう時点で、大切に残そうとした言葉じゃない。封筒は、母が保管する際に用意したものに違いなかった。

 姉の字は、およそ女性らしくないものだった。角張っていて、大きくて、しかもお世辞にも整っているとは言いがたい。神経質なのか大雑把なのか、とめやはねの部分は教科書どおりなのに、勢いよく筆記するものだから、自然と続け字になっている。

 彼女の遺書は、短いものだった。しかも、一見するとよくわからない。

 普通なら、自分が受けた苦痛を叫ぶ。あるいは、生きている家族へのメッセージを書く。

 しかし、姉の遺書は短く、不可解なものだった。

『忘れないで。私はあなたのもの、あなたは私のもの』

 とだけ。自分の名前すら書いていない。

 恋の恨み言らしき念が込められている手紙だったが、親には「あなた」が誰なのかを把握することはできなかっただろう。恋人らしい人間どころか、友人ですらほとんどゼロ人に近かった。

 悪夢を思い出した僕には、わかる。

 これは僕への、文字通り命を賭けたラブレターだ。死は、不変で永遠。拒絶した次の日に自死することで、僕に罪悪感を植えつけるとともに、僕の中の姉を永久に保とうとした。

 それを彼女は、究極の愛とでも言うつもりか。

 ふつふつと、僕の中に怒りがマグマのように湧いてきた。立ち上がり、出かけようとする僕を、母だけじゃなく、大輔や渚も押しとどめた。

「お前が行こうとしてる場所は、わかってる。でも今日は、もうやめとけ」

 物理で止めるために、僕をヘッドロックした大輔が、囁いてきた。彼もあの糸は、「えん」で買ったものだということに気づいている。

 早くしなくちゃいけないのに。僕がすべてを思い出したことに、呪わしき存在となった姉は、気づいているはずだ。

「あなたにまで何かあったら、お母さんどうしたらいいの……」

 渚に肩を抱かれ、さめざめと泣く母親を見て、力を抜いた。僕は抵抗することなく、ベッドに再び身体を横たえた。

「大輔さん。明日、付き合ってくれる?」

 出て行く直前に声をかけると、大輔は、「乗りかかった船だ」と、気安く請け負ってくれた。

 その笑顔は、少し硬いものだったけれど。

【48】

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