断頭台の友よ(36)

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35話

「ようこそ、サンソン卿」

「ぜひ、クレマンと」

「お言葉に甘えて、クレマン殿。私がオーギュスト・カルノー。そしてこちらが妻のマノン」

 夫は四十絡み、妻はまだ若い。年の差夫婦は珍しくもないし、クレマンたちだって、七つ離れている。夫婦は寄り添い、仲睦まじい。

 オーギュストたちとしばし歓談していると、いつの間にか茶会の支度が整っていた。音もなく準備が成されたことに驚き、この屋敷の使用人たちはずいぶんと優秀なのだと思った。

 マノンは近いところにいたメイドに、「ありがとう」と口にする。使用人は人間扱いされないことも多い。自分たちに尽くすのが当たり前だと捉えがちな貴族において、きちんと感謝の気持ちを伝えてくれる主人は、得難いものであろう。メイドもにこりと微笑んで、主人からの言葉を享受し、深々と一礼して去っていく。この場に残るのは、執事のシモンだけだ。

 着席し、香りのよい茶とバターをふんだんに使った焼き菓子を堪能する。ブリジットにも持って帰ってやりたいな、と思ったクレマンを最初から見越していたのか、シモンが丁寧に包装された菓子を持ってきたものだから、驚いた。

「奥様がいらっしゃるんでしょう? ここの焼き菓子はとても美味しいから、ぜひどうぞ」

「遠慮することはない。この店は私たちが出資していてね。新しい商品が出来たとなると、必ず試食を送ってくるんだ」

 こんな高級そうな菓子はもらえない。一度は固辞したが、夫婦二人でやんわりと説得されては、クレマンの抵抗の意志など簡単に萎む。ありがたく受けとることにして、家に帰ったら礼状をブリジットとの連名でしたためようと心に決めた。

「それで、医者である君を呼んだ理由なんだがね」

 オーギュストは妻を心配そうにちらりと見やり、彼女が頷くのを見届けた。

「妻体調がよくないのだ。家のかかりつけの医者にも見せたのだが、どうも治らなくて」

「カルノー子爵お抱えの医師に、私のような若輩者が及びますかどうか……」

 ご謙遜を、とオーギュストは軽く笑い飛ばしたが、事実である。そもそも大学で専門的に勉強をしたわけではない。先祖代々蓄えた知識を利用し、村人たちに受け入れてもらえるように努力してきた結果というだけだ。

 万が一、処刑人一族だとばれても、邪険にされないように。ただその一心で、研鑽を積んできた。

 自分が診てきたのは庶民ばかりだ。オズヴァルトだって、怪我や病気をしたときにクレマンを頼ることはしない。相応の治療費を請求する、立派な身分の医師にかかるだろう。まして建国以来の忠臣と言える子爵家のご夫人に、何かあっても責任を取ることはできない。

 辞退すべきだろうか。不安を隠せない目で、オズヴァルトに助けを求めたクレマンだったが、彼は友の言いたいことをわかっていながら、何も言わずにぽんと肩を叩いた。それから、オーギュストに向き直る。

「サンソン先生の邪魔をしないように、オーギュスト様は俺と、隣の部屋でボードゲームをいたしましょう」

「オズ」

 小声での非難を、彼は無視する。オズヴァルトが遊びに来るたびに、ボードゲームに興じているらしいオーギュストは、「今日は負けぬぞ!」と宣言し、意気揚々と隣の部屋に移動する。その背中を追ったオズヴァルトは、クレマンに目配せで、「頑張れ」と無責任な応援だけを寄越した。

37話

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