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――恋なんて、自分勝手でいいの。恋より愛が上なんて、誰が決めたの。
耳元で鳴る洋楽は、理には意味などわからない。ハスキーな女性ボーカルは、なぜだか十年も前に聞いた、懐かしい女性の声を思い起こさせた。
ふと顔を上げて目当ての女が建物から出てきたのを確認した。それとわからぬようについていく。コンビニでは、彼女が購入したものと同じ物を買う。
公園のベンチに座ってランチをし始めた彼女の、向かい側のベンチに座る。息を潜めて、じっと見る。女が気がついた瞬間、理は素知らぬふりで、自然に視線を外した。
見られている。彼女の目は、明らかに、男を捕食して生きていく女の、それだった。理を値踏みしている。
思わず笑いそうになった。
普段の理を、彼女は歯牙にもかけないだろう。ぼさぼさの髪の毛で顔を隠し、眼鏡をかけ、ださい服装の大学生など、眼中にないに決まっている。
眼鏡を外して、少し小奇麗な格好をれば、そこそこ遊んでいる若者に擬態することができる。
理は女の動作をまねて、サンドウィッチを口に運んだ。
女は理に興味津々な様子だった。反吐が出そうになるのを隠して、彼女が髪の毛に触れるのを見ると、理も同じようにして、微笑みかけた。
すると女は、ぱっと恥じらうように視線を外したが、その後もこちらを窺ってくる。
ミラーリング効果。合コンテクニックの一つとして用いられる、そういう場面で異性の気を引こうとする人間ならば、誰もが知っている心理学用語だ。勿論、目の前の女は理解している。
理が自分のことを意識している、と、彼女は思っている。確かにその通りではあるが、女が思っているような、好意ではありえない。
結婚を前提に付き合っている男がいるにもかかわらず、自分の好みの男がこうしてアプローチしてくれば、誘うような目つきをする。
理の行動は、彼女の本質を確認するためのものだった。そしてそのテストの結果は、不合格。
昼休みが終わろうとしている。タイミングよく、彼女が着信に気づいてスマートフォンに目線を落としたところで、理は立ち上がり、公園から立ち去った。
自分の愛する兄の傍に、あんな女はいらない。
理は、帰りのバスに揺られながら、とある人物へと、メッセージを送った。
『小野田先生、やっぱり古河さんに、話を聞いてもらっていいですか?』
間髪入れずに、「OK」というスタンプが送られてきて、理は思わず、鼻で笑ってしまった。
兄が古河夏織と付き合い始めた三月の終わり。理は「お義姉さんになる人か」と言って、興味のある素振りで、彼女の周辺事情を探り、また、彼女のSNSを検索し、くまなくチェックした。
その結果浮上した、二人の女に接触することにした。
一人は、文也や夏織と同じく、市役所に勤務している渡辺百合子。この女もまた、兄のことが好きでずっとアプローチしていた。文也と顔を合わせる度に、珍しく愚痴を言っていた対象の女だ。
この百合子もいずれ、排除しなければならない。だが、急務はすでに兄と関係のできあがっている、夏織の方である。
まずは百合子を利用すべく、理は彼女のSNSのアカウントも押さえた。食べ物ばかりで辟易したが、連休中に立ち寄る店のリストがご丁寧にアップされているので、そこで接触する予定だ。
そして今、連絡を取った相手がもう一人。夏織のSNSの相互フォロー者の中から見つけた人間だった。
>2話
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