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<16話
「あ、これ」
表紙にはでかでかと、見覚えのあるピンクの髪の少年が描かれている。
「柏木って、『スターライト学園』好きなの?」
俺が呉井さんに自分が転移前にいた世界として説明したのが、何を隠そう、この『スターライト学園』である。
「す、すすす、好きなんかじゃ!」
嘘だな。
ゲームストーリーを踏まえたコミカライズ作品は、俺も参考にするために読んだ。でも、彼女が持っていた単行本の中には、複数の人気作家が参加する公式コミックアンソロジーが含まれている。外伝的な四コマのコミックスもだ。本編だけなら、表紙とストーリーに惹かれて買ったと言い訳もできるが、アンソロジーと四コマは、コアなファンしか買わないだろう。
嘘だと追及することはしなかった。しかし柏木は、俺の視線に耐え切れなくなったのか、俯いたままぼそぼそと、「……誰にも言わないで。何でもするから」と言った。
「何でも?」
うっかり聞き返してしまった。柏木は肩をびくりと震わせ、俺のことを見る。なんだか泣きそうな顔をしている。俺はそんなに、無理難題を命令するような極悪人に見えるのだろうか……ピンク髪だからか。スタ学の一番人気・桃太郎もピンク髪なんだけどな。イケメン度がまるで違うか。そうか。顔がいいのは正義だもんな。
なんとなくショックを受けて呆然とする。
「いやでも桃様に……フフフ……」
スカートの裾をぎゅっと握った柏木が、何かぶつぶつ言っている。ぐふぐふという笑いから、どうやら彼女は俺と同類らしいと気づく。
すなわち、隠れオタクなのだと。だからこの漫画を嬉々として購入したことを友人たちに知られてはいけないのだと。
学校での柏木は、リア充っぽいグループに所属している。メイクや髪型など、常識の範囲内で留まっているので、教師からも問題児とは見なされていない。むしろ明るいムードメイカーグループで、気に入られている節さえある。
部屋の隅にいるオタク女子グループ(あれは腐女子って奴だな。俺にはわかる)とは対極にいて、柏木が交流を持ったところは一度も見たことがない。彼女たちはスタ学についての話も頻繁にしているのに。
一見、柏木たちは仲良しグループに見えるが、小さな緊張感もはらんでいるのだろう。少しでも仲間とずれたところを見せれば、一瞬にして輪から弾き出される。
俺は前の学校で、最初から隠さずにいたから輪の中に入りそびれた。だから隠そうと思った。それでもクラスのグループからイマイチ外れてしまっているのは……クレイジー・マッドと呼ばれる呉井さんの評判のせいだろう。
「あの、明日川、あたし……!」
決意を秘めた目で柏木は俺を見るが、そんな決心しなくていい。言うつもりはないし、それに「なんでも」の交換条件は、すぐにクリアできることだ。
「あのさ。言う気はそもそもないんだけど……もしよければ、仙川先生を探すの、手伝ってくんない?」
柏木は、「へ」と間抜けな相槌を打ち、しばしそのまま口を開けた状態だった。ようやく俺の言葉を噛み砕いた彼女は、「何してんのよ、明日川」と呆れた声を出した。
俺は現在実行中のゲームについて話をした。柏木は大きく溜息をつく。
「さすがはクレイジー・マッドってところか……」
「うーん。でも言うほど、クレイジーでもマッドでもないけどね」
突飛な発言には面食らうが、今のところ俺の身体を使っての人体実験を行う気配もない。本気で異世界転移をしたいのなら、催眠術にかけてでも俺の記憶を探ったり、もっと過激だと、人体解剖させてくれと言ってきてもおかしくない。できるできないは度外視するにしても、呉井さんと一緒にいて、身の危険を感じたことはない。
ああいや、仙川に「お嬢様とくっつきすぎだ」と殺されそうになったことはあるけれど。
柏木は、納得したようなしていないような顔になる。気取った貴族令嬢か女騎士のような物言いをする、クラスで浮いている変人。クレイジー・マッドというあだ名と噂話だけで、呉井さん自身と向き合ってこなかった柏木には、彼女が同好会の中で見せる姿は、想像がつかない。
「柏木も、呉井さんともっと話してみたら? せっかく座席が前後なんだし」
呉井さんの周りにいるのは、瑞樹先輩と仙川と、それから俺。見事に男ばかりだ。見る人によったら、「オタサーの姫」ポジションにも見える。呉井さんが「クレイジー・マッド」と呼ばれ、敬遠される理由の一端が、男を侍らせているというところにもあるだろう。
「あたしに呉井さんと仲良くなってほしいの?」
うん、と頷く。
呉井さんが女子と仲良しになってくれたら、少しはクラスでの立場も変わるだろう。彼女の変わった部分も、女子ならある程度は「可愛い」で済ませてくれそうだし。
それに、俺が同好会を抜ける代わりに、柏木が関わってくれたらなあ、なんて思う。
「とりあえず、一緒に仙川先生を探すことで呉井さんと交流してくれたら、嬉しいな、と。駄目か?」
「だ、ダメじゃない、けど……んん、どうしてもってことなら、呉井さんと仲良くしてもいいよ」
咳払いで照れ隠しをする柏木のことは、ツンデレと見た。
こういう奴は触れると怒りだすので、俺は「じゃあ行こうか」と柏木を促し、かくれんぼを再開した。
>18話
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