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<10話
「バラが痛いって言ったのかよ」
鼻で笑うと、さすがの香貴もムッとした。「言わないけど!」と、声を荒らげる。
子供じみた感傷だな、と涼は冷めた目を向ける。
野で可憐に咲く花こそがあるべき姿で、手折るのは人間のエゴ。自然を愛していますという親が、子供を諭すときの常套文句だ。
野山に咲く野生の草花は、確かにそうだ。みだりに採取することは、法律や条例に引っかかることもある。
だが、店に並ぶ花は違う。生産者が土や温度、水にこだわり育てているそれらは、芸術品と言っても過言ではない。
ならば、花屋や購入者がすべきは彼らの生み出した作品を長く楽しめるように努力することだ。香貴がしているのは、真逆である。
「なあ。手を加えたり、ちゃんと土の状態見て水やったりできないんなら、もうやめよう」
香貴は才能がないんじゃない。花のためによかれと思ってやっていることが、すべて裏目に出ているだけ。彼の考えが変わらない以上、教えても無駄だ。
「別に、お前が植物育てるのが下手だからって、番組の進行には、何の不都合もないだろ」
今までと変わらない。彼は品種の特徴や色かたち、香りの楽しみ方を台本通りに話せばいい。
「花が見たくなったら、うちの店に来ればいい。お互いその方が、幸せだろ。俺だって、ぐちゃぐちゃ言いたくないんだよ」
黙って下を向いてしまった香貴からの反論はない。了承の証だと判断した涼は、玄関へ向かおうとした。
「待って」
手首を強く引かれた。振り返ると、思った以上に近くに香貴の顔があり、反射的に身を後ろに反らせた。バランスを崩しかけたところを、彼の腕が支える。
真剣なまなざしには、星が見える。黒い宇宙の中にキラキラと輝くのは、彼の強い意志だ。思わず見入ってしまった涼を現実に引き戻すのは、香貴の切実な声。
「番組は関係ない。僕は、この庭をバラでいっぱいにしたいんです。自分の手で」
お前には無理だ。突っぱねることは簡単だったし、その方がよかったとさえ思う。
けれど、涼は圧倒されていた。頷かざるをえない気迫に、抱き寄せられた状態であることを忘れた。気づいたときには、香貴が満足げな甘い笑みを浮かべていた。
>12話
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