花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(4)

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(3)

 早速、アズマは翌日から候補者三人を呼び出して、ひとりずつリカルドとデートをしてもらい、相性を見ていくことを告げた。

 七人から三人に減ったことについて、赤毛の少年は何か言いたそうにしていたが、隣にいた長い栗色の髪の少年に服の裾を引かれて、口を何度かパクパクしただけで、言葉をそっと飲みこんでいた。このふたりは王都の出身ではなく、平民階級だ。そのため、貴族然としたアズマへの意識も、やや苦手寄りなのだろう。

 学園も社会の縮図だ。毎年、莫大な寄付金を用意できた富豪の子どもや、特異な才能を見せた特待生が数名入学してくる。だが、貴族がほとんどの学園生活になじめないことが多い。

 ふたりは花生みで、ある程度は受け入れられているようだから、まだマシな方である。

 残るひとりは、貴族の子どもだった。ただでさえくりんくりんに巻いた金髪を、人差し指に巻きつけて手遊びをしている。幼い仕草がしっくりくる少年である。

 アズマがリカルドの予定を開示して、順番にデートをしてもらうと言うと、真っ先に口を開いたのは、この金髪の花生みであった。

 エリオット・ウィンプ。侯爵家の次男で、その父親は内務省に務めている。そう、あの内務大臣の部下なのである。もっとも、大臣は侯爵よりも下の位で、かつウィンプ侯爵に連なる家の者だ。実質、ウィンプ侯爵が牛耳っているとアズマは思っているし、シノブの資料もそれを裏付けている。

 祖父は生前、内務大臣の職に就き、エリオットの兄も同じ部署でお飾りながらも仕事をしている。

 世襲制はいい加減に改めるべきだと思うが、これまで特に大きな問題も起こらなかったものだから、見逃されていた。急激な変化を望まないのが、ガートゥンの国民性である。

「さて、君たちどうする? 貴族の僕と違って、君たちは暇だろうけれどもね。一応、希望は聞いてあげよう」

 ずいぶんと嫌味な言い方をするものだ。案の定、赤毛の少年・ショーンはムッと閉口しているし、栗毛のテオも眉をひそめている。

 彼らが反論しないのは、きっとアズマの見ていない場所でも、このエリオット少年に貴族風を吹かされて、沈黙が最も賢いやり過ごし方であると、嫌な学習をしてしまったからだ。

「別に、俺らはどこでも」

「そうですね。エリオット様からどうぞ。僕たち、リカルド様とふたりきりになるのは、心の準備が必要ですから」

 平民の子どもは、貴族と比べて自立するのが早いものだ。エリオットは彼らに大人の対応をされたことには気づかずに、胸を張った。

「ならば僕が、一番だ」

「はい。承りました」

 行先もリカルドが決めるのではなく、相手に一任される。すぐに決められるものではないので、三日後に再びアズマが彼らを個別に呼び出し、打ち合わせをすると伝えた。どこへ行くのか、何がしたいのかは、じゅうぶんに個人情報にもなりうるし、駆け引き材料ともなる。

 そのための配慮を無視したのは、こうしたやりとりに慣れていなければならないはずの、貴族である。

「僕はもう決めている。今ここで伝えても構わない」

 こっちは構うんですよ。

 内心で吐いた毒はおくびにも出さず、アズマは淡々と、エリオットの要望を書きつけていく。

 馬鹿だなあ、と思った。

 ここで花食みのつがい候補者たちが、どのような選択をするのかを、剪定師ははかっているというのに。

 あまりにも無茶なことを言う者、莫大な費用と時間がかかることをやりたがる者は、候補からは弾かれるのだ。リカルドが心を移すよりも先に、不適格の烙印を押す。花の館に不穏分子を入れないように。だから、しっかりと考えて回答すべきなのだ。

 エリオットがぺらぺらと捲し立てるわがままを、アズマは確認しながら進めていった。平民の子どもふたりは、その様子を見て、自分たちはどうしようかと、こそこそ相談しているらしい。仲がいいのはよいことだ。

「……はい。それではリカルド様にもご相談して、エリオット様とのデートの場を設けさせていただきます」

「よろしく」

 彼は自分の用事は済んだとばかりに、勝手に出て行ってしまった。やれやれ。アズマは額を押さえ、残るふたりに、「君たちは三日後の放課後、順番に私のところに来てください」と言い渡した。

「その、三日後までにちゃんと決められないかも……」

 王都に来てまだ日が浅いふたりは、身分の高い裕福な同級生たちに囲まれて、疲れている。王子と個人的に会うなど恐れ多い気持ちの方が強くて、不安に唇を曲げている。

 こういうときに、柔和な微笑みが自然と出る人間であればよかったのに。あいにくアズマは、不愛想が標準装備である。おかしくもないのに笑おうとすると、頬の筋肉がひきつる。

 一度、リカルドを真似て笑顔の練習をしたことがあるが、散々たるものであった。あれならば、無表情の方がまだマシである。

 だからその代わり、言葉を惜しむことはないように努力をしていた。顔や身体の動きよりも正確に、人間は言語によって通じ合い、理解し合うと信じて。

「大丈夫ですよ。私が相談に乗ります。だから三日後に、わざわざ時間を取るのです。それ以外の時間でも、相談をしに来てくださって構いません。私はもう卒業しておりますので、授業もありませんし。殿下が学園にいる間は、たいていこの部屋にいますから」

 過不足なく伝わっただろうか。

 アズマはふたりの少年と、ひとりひとり目を合わせて確認をする。彼らは「うん」と頷いてくれて、きちんと自分の意図を理解してくれたことに、安堵するのであった。





 エリオット・ウィンプがデートの場所として強く望んだのは、花の館であった。

 先代の百花王(リカルドの大叔母にあたり、彼が生まれる前に亡くなっている)の没後、二十年の間、主不在のままの宮殿だ。

 普通、家というものはそこに住む人間がいないと荒れていくものだが、花の館は少ないながらも専属の使用人を、住む人間がいなくとも配置しており、定期的に清掃や空気の入れ替え、時には炊事場で煮炊きを行うことで、現役そのものの屋敷の体裁を保っていた。

 特に力が入っているのは、庭である。花を愛し、花に愛される百花王のための庭園は、現在大幅な改修が行われている。先代が好んだ植物と、リカルドが望む植物は異なるため、他の場所へと花を移し、新たな庭造りをスタートしていた。

 そんな殺風景な場所を、エリオットは選んだ。なぜ? とアズマが事前に尋ねると、彼はふんぞり返ってこう言い放った。

『なぜ? そんなこともわからないで、あなたはよくリカルド殿下に仕えようと思ったね? 決まっているだろう。あの屋敷の主人は百花王、そして僕がその対の花として結ばれるのだ。自分が将来暮らす予定の場所を見ておきたいと思うのは、当然だろう』

 ……正直、自意識過剰な奴め、と思った。

 候補者の中で貴族なのは自分ひとりだけだから、他ふたりの花生みは眼中にないらしい。選ばれるのは己であると思い込んでいるのが、滑稽である。

 たまたま先代も、先々代も、貴族階級出身の花生みを選んだということになっているが、そんなのは偶然だ。もっと古い時代には、王宮のメイドの娘を見初めた例もある。

 だからといって、水を差すようなことはしない。どうもエリオットという少年は傲慢で、二面性のある人間のようだ。教師や位を同じくする大貴族に対しては愛想よく振る舞い、覚えもめでたいが、格下認定した者に対しては、冷淡かつ傲慢な振る舞いが目立つ。

 シノブからの調査書にもその旨の記述があったが、自分の目で見ると、醜悪さが目立つ。

「素敵なお屋敷ですねえ……! 僕も中に入ってみたいですぅ」

 愛想がいいというよりも、媚びすぎではないか?

 アズマは引いたか、リカルドは感情をうまく飲み込み隠しているのか、はたまた媚を売ってくる人間に慣れっこで何も感じていないのか、唇にはいつもと変わらぬ笑みを湛え、エリオットに応えている。

「中は決まった人間しか入れない決まりなんだ。ここは百花王の住居というだけでなく、このガートゥンに花の恵みをくださった神様への、祈りの場でもあるから」

 つつがなくやり過ごし、腕にへばりつくエリオットを、彼は自然に引きはがした。後ろに控えて見守るアズマには、少年の悔しそうな顔が、はっきりと見てとれる。舌打ちをしたいのをギリギリで耐えているようだ。

 どれだけ性格がよくなくても、百花王が選ぶ相手にはきっちりと仕えるつもりでいる。それでも、できれば彼だけは選んでほしくないと、臣の目から見て願ってしまう。

 エリオットはリカルドと並び、何もない庭を歩く。これなら、王宮の庭園や市民にも開放されている国営の花園でデートをした方がいいのではないか。

 掘り返した土に肥料を混ぜ込んで、次の株を植える準備をしている庭は、独特の臭いがする。臭気の立ち込める場所で、エリオットはハンカチを取り出し、鼻を覆った。きちんと説明をしたのだから、アズマが文句を言われる筋合いはない。

 それでもどうにかリカルドと話をしたいからか、彼は庭で一番大きく、目立つ花壇の前で立ち止まると、こんなことを提案し始めた。

「リカルド様。ここにはぜひ、大きなダリアを植えましょう。きっと華やかな夏になりますよ」

 ダリアは、エリオットがその身から生み出す花である。大輪の色鮮やかな花が、主に指先から咲く。見たことはない。花を生むタイミングというのは、人それぞれである。一日一回、と決まっている者もいれば、感情が高ぶったときなど、特定の条件下において咲かせる者もいる。コントロールできるものもできないものも。涙が花になるタイプは、なかなかその実物を見る機会もない。人前で泣くのは、はしたないことだからだ。

 百花王はつがいとして結ばれた花生みの花を、ことさらに愛する。なぜだか薔薇であることが多かったので、長いこと薔薇が植えたままになっていた。薔薇と一口に言っても、咲き方や色、蔓の有無によって品種は様々だ。選んだ花生みの薔薇を見て、あれだろうかこれだろうかと、専属庭師と相談をするのが楽しかったと、過去の王の記録にあった。

「ダリアは素敵だね。情熱的で。でも俺は、もっと清楚で可憐な花をこの花壇には植えるつもりでいるよ。庭師たちとは相談中なんだ」

 リカルドは、自分をつがいにと猛烈にアピールしてくるエリオットを、やんわりと拒絶した。唇を尖らせたエリオットは、完全に子どもが拗ねた様子で、顔立ちの愛くるしさが強調されている。

 太陽の黄金のようなリカルドの金髪と、白に近い淡い金の髪のエリオットが並ぶのは、大変様になっている。遠く離れたところから眺めるのであれば、眼福であろう。

 アズマのように近くで、会話を聞かされるのはたまったものではないが。

 美しいカップルであるふたりが散歩しているのを見つけて、庭師の子どもたちが近づいてきた。

「リカルドさま!」

 舌足らずの呼び声に、リカルドは気を悪くした風もなく、応じた。しゃがみこみ、ひとりひとりの頭を撫でてやっている。隣のエリオットは、あまり小さな子どもと関わる機会もなかったのだろう。ただひたすら困惑して、子どもたちとリカルドの顔を見比べていた。

 幼子たちは、エリオットの顔もじっと見つめた。

「わぁ、きれいねぇ!」

 物怖じしない少女が、正直に感嘆した。それに釣られて、他の子どもたちも「きれい!」「リカルドさまの、およめさんになるの?」と、わぁわぁ言い始める。

 確かに、エリオットの美しさは新入生の中でも群を抜いていた。気位の高さを思わせる勝気な容貌は、人によっては「猫のようだ」と形容するだろう。父親の仕事場を遊びと学びの庭として育っている子どもたちは、貴族をはじめとした富裕層の人間を、身分と年の割に見慣れている方だ。そんな彼らが見惚れるほど、エリオットは際立っていた。

 褒められて気をよくしたのだろう。何せ、子どもは正直だ。彼はまんざらでもない顔をして、子どもたちを見下ろした。

「およめさんに、おはな、あげる!」

 それは、花というには細やかすぎた。

 緑の細い茎の上に、小さな花が載っている。白から外側に向かってピンク色を濃くしていく花弁は確かに可愛らしい姿だが、庭師が丹精したものではなく、雑草である。草取りの手伝いをしていて、おそらく母親へのお土産にしようとしていたのだろう。それを、子どもたちはわいわいと、エリオットの手に渡していった。

「……ありがとう」

 愛想よく振る舞うエリオットに、子どもたちもえへへ、と得意げに胸を張った。

「おおい、お前たち! 殿下を呼んできてくれと言っただろうが」

 庭師の棟梁が、声を張り上げた。あっ、という顔をした子どもたちが、そうだったそうだった、とリカルドの手を引く。どうやら相談事があるらしい。

 リカルドが対の花候補とふたりで来ることは通達しているが、職人にはあまり関係がないようだ。せっかく近くまで来ているのだから、ついでに、という調子のよさに、アズマは一言もの申そうとしたが、リカルドに制止された。

「なに。向こうもそんなに長く話すつもりはないだろうから、行ってくるよ。アズマ、エリオットを城に連れていってくれるか?」

「……御意に」

 一礼して見送る。リカルドは、「そんなに引っ張らなくても大丈夫だ」と、子どもたちに囲まれて、その場を離れていく。

 なんとも微笑ましい光景である。相手が女性であれば、百花王も子どもを成すことができるので、彼の幸せを願うアズマとしては、女の方が望ましいと思ってしまう。女性なら、自分にはできないこともできると、諦めがつく。

 小さく息を吐き出したアズマは、「エリオット様、まいりましょうか」と、振り向いて、絶句した。

「何をなさっているのですか!?」

 常に冷静沈着であることを心掛けるイザヨイ家の生まれとして、あるまじき声を上げた。

 エリオットは、子どもたちからもらった花を地面に放り投げ、それをわざわざ踏みにじった。可憐な花が、土にまみれてぐちゃぐちゃになる。

 雑草であっても、幼子たちにとっては「いいもの」。心のこもったプレゼントだ。

 慌ててしゃがみ込み、拾い上げようとしたアズマの手すらも、ぐりっ、と強く踏みつけた。もちろん、わざとである。

「っ!」

 小柄なエリオットとはいえ、全体重をかけられれば、痛い。ひっこめようとしても、許さないとばかりに二度、三度と靴のヒールが抉る。

 無様な悲鳴を上げてはならない。アズマは何も言わず、踏まれたままでも、落ちた雑草を掴み取った。

 そこでようやく解放されたが、手はじんじんと痺れ、真っ赤になっている。

「あなた……自分が何をしたのか、わかっていますか?」

 名もなき雑草であっても、その場で捨て、あまつさえ踏みつけるなんて、子どもたちの好意をなんだと思っているのか。

 アズマは花をすべて拾った。あの子たちには見せられない。

 エリオットは地べたに這いつくばり、草集めをしているアズマのことを鼻で笑った。まるで、そうしているのがお似合いだとでもいうように、見下した表情だった。

「エリオット! 返事をしなさい!」

 立ち上がり、敬語をかなぐり捨てたアズマの頬を、エリオットは平手で打った。貴族としての身分は、当然エリオットが上だが、今の自分たちの関係は、花生みと剪定師だ。対等か、アズマの方が少し上である。にもかかわらず、エリオットは暴力を振るった。

 剪定師になって三年目、こんな花生みは初めてで、アズマは言葉を失う。

「調子に乗るなよ、悪魔の子が……」

 そう吐き捨てて、ひとり城へ戻ろうとするエリオットの背を、アズマは呆然と見送った。心が冷え、心臓が止まりそうになる。

「……久しぶりに、聞いたな」

 ぼそりとつぶやき、自分の髪を括っている金糸と銀糸を交互に編んだ組紐に、アズマは無意識に触れていた。

 

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