断頭台の友よ(5)

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十字架 ライト文芸

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4話

 クレマンは男が絶命したことを、呼吸と心臓の音で確かめると、嫌なことはさっさと済ませるに限るとばかりに、用意していた火種をしっかりと油の染みた布を巻いた松明に移し、男の身体を焼いた。火が全身に回るまでしばし時間がかかる。死体に火がつけられるところまで見物していくのは、よほどの暇人か好き者だ。これが、生きたまま台座に括られ、火を放たれる火あぶりの刑であれば別だが、物言わぬ死体を燃やすのは、草木を燃やすのと何ら変わりない。

 燃え尽きるまで、またしばらく待ちの時間が発生する。クレマンはぼんやりと、一段高いところからパラーゾの街を見渡す。

 処刑台の設置された広場は円形で、そこから四方八方に通りが伸びている。最も大きく栄えた通りは、北の宮殿からまっすぐ南に伸びた道だ。光り輝く王宮に通じるということで、太陽の道と呼ばれている。目抜き通りは庶民向けの大店や食堂、宿屋が所せましと並んでいて、少し外れたところに住宅街が広がる。北側に目をやると、宮殿を守るかのように、貴族たちの屋敷が居並んでいる。

 とはいえ、ここに長く住んでいるのは歴史の浅い法服貴族たちばかりで、古くからの帯剣を許された貴族たちは、領地経営をしており、こちらの家を使うのは、秋から冬にかけての社交シーズンのみだ。

 人が焼ける臭いは、いつまで経っても慣れないものだ。だが、処刑人としては臭いで具合が悪くなったとなると、いささか外聞が悪い。クレマンはさりげなさを装って、マントを持ち上げて鼻を塞いだ。そのときを見計らったわけではないだろう。べちゃりとマントの裾に何か不愉快な濡れた感触がして、クレマンは自分の衣服を確認する。

 投げつけられたのは、卵である。新鮮ならばいいというものではないが、厄介なことに腐った卵だった。迅速に死体を処理する処刑人の身体には、血の臭いは染みついていても、腐敗臭はしない。慣れない悪臭に仮面の下の眉を顰め、呼吸を止めながら、クレマンは己を攻撃してきた怖いもの知らずの人間を探した。

 犯人はすぐにわかった。死刑執行前から、ずっとクレマンを睨みつけていた少年である。彼の目は、年齢に見合わぬほど大人びている。クレマンに対して激しい憤りを感じ、持っていた卵を投げつけてみたが、そのくらいの復讐しかできぬ己に対してもまた、強い怒りを覚えているのだ。隣にいる少年は、彼の袖を引き引き、逃げようと言い聞かせているようだ。僕たちも殺されっちまうよ。顔を青ざめた友人は、てこでも動かぬ様相の少年を置いて、とっとと広場から逃げ出した。

 些細な悪戯に、報復などしない。クレマンは少年に背を向けた。男の身体は燃え落ちている。昔は三日三晩、火が自然と消えるまで待っていたらしいが、刑の執行数が各段に増えた今日においては、そんなに時間をかけてはいられない。

 水を含ませた大判の布を被せ、消火する。骨は焼け残っているので、助手たちに指示を出し、火かき棒で突き壊させる。すべてが粉々になる前に、クレマンはまだ十分に熱い骨のかけらを拾い上げる。頭の骨の一部だ。本物の悪人も、この男のような小悪党としか言いようのないちっぽけな人間も、男も女も老いも若きも、骨は白く、丸みを帯びているものだ。

 いまだにこちらを見ている少年に向けて、骨を投げた。いまだに広場に残っていた物好きな暇人たちがざわめく。

 卵の報復に、子供に骨を投げたぞ! ああ、なんとおぞましい!

 同じことをされては、たまったものではないから、口には出さないし、子供を庇い立てすることもない。遠巻きにして、固唾を飲んで見守っている。

 クレマンとしては、嫌がらせのつもりはまるでない。ただ、少年がこれを欲しがっていると思ったから、渡しただけであった。

 少年はおそらく、たった今命を落とした囚人の縁者であろう。男は決して、家族についても口を割らなかった。言えば、妻も子も同じ目に遭う。守るために、口を噤んだ。

 少年は、手の中の父の骨――最後まで焼け残るのは、頭蓋骨だ――をじっと見つめた。きゅ、と眉根を寄せた状態で、憎き仇である仮面の男を見上げた。少年は子供ながらに、泣くわけにはいかないという矜持を胸に抱いている。体制の末端である処刑人に抗うことは、父と同じ道を行くということだ。

 誇りに満ちたその目から、クレマンは視線を逸らした。幼い頃から劣等感や、家業に対しての陰鬱な気持ちしか抱けない自分には、少年は眩しすぎる。

 願わくは、その目が濁らぬように。父親と同じ末路を辿らぬように。

 灰を搔き集めて汚れたマントの裾を払い、クレマンは大きく溜息をついた。

 仕事を継いだときに、父に渡された仕事着だが、相当がたがきている。もう一着、仕立てるべきだろうか。

6話

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