函館駅前おしゃべりランチへようこそ 第一話④

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ライト文芸

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第一話③

「ここは魚が安くて美味いんだ」

「そうなんだ……」

 店主の手書きなのだろうメニューは味わい深い。少し曲がっているけれど、「だからどうした?」と、堂々たる筆文字。豪胆な男性がやっているのだろうな、と想像した。オーダーを考えている間も、お腹の虫がきゅるきゅると大合唱だ。本当にやめてほしい。十年ぶりの再会だっていうのに。

「お刺身定食にしようかな……ご飯少なめで」

「足りる?」

「足ります!」

 これでも軽く昼ご飯は食べたのだと言ったら、ますます笑われるに違いない。絶対に気取られないようにしなければ。

 背筋を伸ばして座りなおしているうちに、「すいません」と、陽太が店員に声をかけた。常連らしく、「いつもの」が決まっているのだろう。彼はほっけ定食を選んだ。

 おしぼりで手を拭いて、温かいお茶に口をつける。それにしても、と話し始めようとしたが、陽太がまるきり同じワードを口にしたものだから、こちらは引っ込めた。

「それにしても、偶然ってあるんだなあ。東京の大学に行って、そのまま就職したって聞いたけれど……いつ戻ってきたの?」

 滑らかな口調に、本当にこの男は私の知る「佐藤陽太」なのか、疑念が渦巻く。

 私の知っている佐藤陽太は、外を黙々と走っている少年だ。他の部員たちが音を上げ、飽きたと周回数をごまかす中、真面目にひとり、グラウンドを走っていた。それから、私の前で一生懸命に言葉を選んで会話をしようとする姿。

 何がきっかけだったのか、もう忘れてしまった。私と陽太は、小学校・中学校と違ったから、高校が初対面、しかも別のクラスだ。私は調理科で、彼は普通科。

 仲良くなる要素なんて限りなく少なかったはずなのに、なぜか妙に気が合って、会えばおしゃべりをする……というか、彼のおしゃべりの練習に付き合う仲になったんだっけ。

「雨宮さん?」

 黙ってしまった私を不思議に思って、彼に名前を呼ばれる。小さく首を傾けて、心配そうにこちらを覗き込む表情は、確かに見覚えがあった。面影はなくとも、根本的なところでは変わらないものなのだと、安堵する。

「夏にね、ちょっといろいろあって戻ってきたの」

 一度始まると止まらなくなるおしゃべり好きでも、何もかもを開示しようとは思わない。婚約破棄は私の中の苦い思い出で、家族と信頼できる友人にしか話していない。それでも噂が広まるのが人の世の常だったが、陽太は本当に、何も知らない様子だった。

「深くは聞かない方がいい話かな……その、結婚するのに戻ってきたとかだったら、こうしてるのもダメなんだろうけれど……」

 彼の視線は私の左手に向けられ、陽太は肩の力を抜く。どこか安心したようだった。まあ、既婚の女性とふたりきりで食事は、昼とはいえまずいか。調子に乗って、何もしていない指を見せて、うっかり「その逆」と言ってしまいそうになるのを堪える。

「結婚とか病気とか、そういうことじゃないけれど、そうだね。確かにあんまり聞かないでほしいかな」

 探るみたいなコミュニケーションが懐かしい。「コミュ障」「陰キャ」とクラスメイトや部活動の仲間から馬鹿にされていた彼は、こちらが気分を害さないかというのを、殊更に気にする。嫌だと思ったらお互いにちゃんと言う、というルールを決めて会話の練習をしていたのを思い出し、笑いがこみ上げてきた。

「どうしたの」

「ううん……高校のときのこと、思い出しちゃって。よう、えっと、佐藤くんは、だいぶ変わったよね。全然気づかなかった」

 大人の男女、向こうは「雨宮さん」なのにこちらが「陽太」と呼び捨てにするのも外聞が悪いかと、距離を感じさせる呼び方をすると、陽太は「陽太でいいよ。いまさら佐藤くんとかやめてくれ」と、はっきり言った。

 高校時代、「そういうはっきりしない言い方はやだな」と、こちらが彼に要求することばかりで、陽太が私に何か意志表示をしてきたことは、あまりなかった。その彼がきっぱりと、「やめて」と言ったということは、「佐藤くん」と呼ばれるのが、本当に嫌だったのだろう。

「わかった。これまで通りね」

 逆に、「そっちもまひるって呼んでいいよ」と言いかけたが、この年で「陽太」「まひる」なんて呼び合っていたら、何も知らない人間からは付き合っているようにみられるかもしれない。違うよ、といちいち否定して説明するのも面倒だし、陽太も嫌だろう。

「陽太はすぐに私のことわかったよね? 高校のときと、そんなに変わってないかなぁ?」

 校則は緩かったけれど、調理科の女子で化粧をする子はほとんどいなかった。それに加えて、実習時に被らなきゃならない衛生キャップに髪を全部入れなきゃならないのが面倒で、私は女子高生にはあるまじきベリーショートにしていた。

 今は外に出るのに、ナチュラルを心がけたメイクをするし、髪の毛だって男には見えないショートボブだ。我ながら、高校時代の卒業アルバムは恥だと思っているくらいなのに、その時代しか知らないはずの彼が、今の私を一目見て誰だかわかった、というのは不思議な話だし、ちょっとへこむ。十年経っても成長していないみたいで。

 その辺どうなのよ、とじっと見上げる。陽太は途端にしどろもどろになって、スムーズなトークができなくなる。

「あ~、いや。うん……その、あ、雨宮さんはその、か、変わったとは思うけど、でも……俺にはわかったんだ。なんとなくさ」

 変わってしまったと思ったけれど、前言撤回。こうやって下を向いてしまうところは、あの頃と変わらなかった。

「はーい、おまちどおさま!」

 朗らかなおばさんが出してくれた定食は、美味しかった。ご飯を少なめにしたことを後悔した。陽太が「俺大盛りにしたから、ちょっと食べる?」と、気を利かせてくれたけれど、断った。やっぱり彼の中では、私は食べ盛りの女子高生のままで、ぽっちゃりして見えているのかもしれない。これでも当時より、十キロ以上軽いんだけども。

 食後のお茶を啜っているうちに、「実は今仕事を探しているんだけどね」と、今日あった出来事を話す。言葉にしているうちに、記憶の中のファミレス店長の顔はぼんやりと思い出せないものから嫌味っぽくて悪魔みたいな姿へと変貌していき、いまだに新鮮に怒りを取り出せる。

「ね? ひどいと思わない? 私はキッチンがよかったの! そりゃ、こういう店みたいにその場で食材を切って調理して……っていうわけじゃないのはわかってるよ。野菜はもう切れててミールキットみたいになって、味付けも一発で済むんでしょ? 私がやりたいのはそういう料理ではないけれど、それでもホールよりは断然キッチンの方が、自分の経験も活かせると思って申し込んだのにさ、女性差別? ううん、男性差別だよ。男は愛想がなくて接客に向かないって勝手に決めつけてるの! 店長は基本的に接客するものだろうにさあ」

 そういえばあの頃も、会話の練習をするというわりに、陽太は聞き役に回っていることが多かった、ような気がする。

 ハッとして「ごめん」と謝ると、「雨宮さんがやっぱり全然変わってなくて安心した」と、なんでもない風に振る舞ってくれるのがありがたい。

 食器を下げにきたおばさんに、

「すっごく美味しかったです! ちなみになんですけど、この店ってバイト募集してたりとかしますか?」

 と、勢いよく尋ねると、困った顔で笑われた。

「ごめんなさいね。うちの店、調理場が狭くて……」

 それから彼女は、私の耳元で囁く。

「それにうちの人、頑固者なの。私すら、調理場に入れてもらえないんだから」

 職人肌の板前ってことか。私は突然の発言を詫びた。

「あ~、美味しい料理屋さんでバイトしたい……もういっそのこと、自分で店やるとか? お金はまぁ、多少はあるし」

 あはは、なーんてね。

 思いつき以外のなにものでもない、軽い冗談。そのつもりで笑った私に、

「雨宮さん!」

 と、勢いよく陽太が迫ってくる。

「え、あ、ど、どうしたの!?」

 アップになると、爽やかイケメンっぷりがあまりに眩しい。目を白黒させる私に、彼は興奮した口調で言った。

「俺に考えがある! だから火曜の夜、時間つくって!」

 中身の残った湯飲みが倒れそうになるほど、周囲が見えていない様子だったので、その気迫に飲まれ、私は頷くしかなかった。

第一話⑤

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