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<19話
後片付けの最中も、真相が知りたくて、そわそわしていた。だが、サークル長の自分が率先して片付けを放棄するのは冬夜の責任感が許さなかった。
粗方終わったところで、橋本と香山に呼ばれた。その場を後輩たちに任せ、冬夜はホールへと戻る。
「慎太郎……」
久しぶりだね、と彼は微笑んだ。
どうして、と呟いた冬夜に答えたのは、橋本たちだった。
「あの日、連絡先交換しといたんだよな」
「月島が頑張ってるから、見に来てくれませんかって誘ったんだ」
冬夜の頬が熱くなる。なんていうお節介な……お節介な、友人たちだろう!
慎太郎と向き合うと、彼の瞳は慈しみに溢れていた。こんな目をして見つめる相手が他にいたら、と思うと、また嫉妬心が膨れ上がりそうになったが、ぐっと蓋をして押さえ込む。
「あの、さ」
何から話せばいいのか、わからなかった。慎太郎は穏やかな微笑を浮かべている。窓からの光が当たって、白い肌が浮き上がった。
あれ? いつもより白いな。そう思った瞬間、慎太郎の身体が崩れ落ちた。冬夜は考えるより先に、駆け出していた。
「おい、慎太郎!」
ぺちぺちと頬を強めに張るが、慎太郎の反応はない。
「救急車、呼んだ方がいいんじゃ……」
不安そうな香山の声に、冬夜は首を横に振った。
「先生に頼んで、どこか静かなところを用意してもらって」
冬夜の声に、香山は「わかった!」と返事をして、駆け出していく。
頭を打たないようにゆっくりと横たえてから、冬夜は慎太郎の下まぶたを引っ張った。血管が走り、やや赤みがかっているはずのそこは、白い。貧血だ。
「どうして……」
冬夜に会う前の生活に、戻ったのではないのか。夜な夜な女性を口説き、血を吸うには困らない。
なのになぜ、慎太郎は貧血を起こし、倒れているのだろう。ぴくりとも動かず、目を閉じている様子は、人形めいていて、冬夜をぞっとさせる。
「月島! 保健室使っていいって! 案内する!」
香山が戻ってきたので、冬夜は橋本の力も借りて、ぐったりした慎太郎の身体を両側から支え、保健室へと運んだ。
養護教諭の免許を持った職員が常駐しているが、冬夜は彼女の手伝いの申し出を、断った。
慎太郎を目覚めさせることができるのは、自分しかいない。
二人きりになって、冬夜は自分の人差し指を、慎太郎の口元に持って行く。わずかに開いた口の中に指を突っ込むが、意識がないせいで、噛み切ることができない。
くそ、と小さく毒づいて、冬夜は机の上のペン立てから、カッターナイフを見つけた。カチカチと刃を取り出して、左手の人差し指に切りつける。
慎太郎の牙に穴を開けられるときとは違って、痛みが強い。我慢して、冬夜はぷっくりと滲み出してきた血を、慎太郎の舌に触れさせた。
もっと、もっと血を。冬夜は指を強く締めつけて、血を搾り出す。
やがて、舌に触れた血液に反応した慎太郎は力を取り戻して、ちゅうちゅうと冬夜の指を吸った。
はぁ、と冬夜が吐き出した息は、熱かった。情欲の色を微かに滲ませているという、自覚もある。
慎太郎が回復するまでに、いつもの状態に戻っていなければならない。深呼吸をして、艶めいた空気を打ち消す。
時間にして数分といったところか。慎太郎の頬に、ほんのりと赤みが差したところで、冬夜は彼の口の中から、指を抜いた。
唾液で濡れた指を、気持ち悪いとは思わなかった。手近にあったティッシュで拭う。
傷は塞がっているが、まだズキズキと痛む。
「ん……?」
「目、覚めたか?」
まだ意識が朦朧としているのか、目を開けた慎太郎は、ぼんやりと虚空を見つめている。
冬夜はずい、と身を乗り出して、彼の視界に無理矢理自身を収める。
「とうや、くん」
「お前ね……倒れるまで我慢すんなっての」
くしゃりと冬夜は、顔を歪めた。
「ごめんね」
慎太郎は大きな掌で、冬夜の頭を撫でた。泣きそうになって、冬夜は慌てて目を擦る。優しい男は、見なかったことにしてくれた。
「話が、あるんだ」
冬夜の言葉に、慎太郎は頷いた。
「僕も」
彼のこんなに真剣な顔は、初めて見たかもしれない。冬夜はそう思った。
>21話
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