不本意な結婚~虎の初恋、龍の最愛~(8)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

(7)

 梨信の家には二泊した。彼と紫嵐、木楊が話をしている間、琥珀は梨信の妻の手伝いを積極的に行った。

 家の主は学問馬鹿というやつで、気も利かない。普段は村の力自慢の男たちに頼んでいたという。梨信の妻は楚々として、この辺鄙な村ではなかなかの美人だ。手を貸す見返りに金銭以外のものを要求されることも多く、彼女は辟易としていたらしい。梨信先生は、ずいぶんと朴念仁だ。

 なので、琥珀が率先して引き受けると喜ばれた。声をかけてこようとした中年男を睨みつけると、自分との力量差を正しく推し量り、すごすごと引き下がっていく。腐っても元王族、村の平民たちを牽制するくらいは朝飯前だ。梨信の家を出る前に、一応「奥さんをちゃんと気にかけてやってくれよ」と忠告はしたが、あまり響いてはいなさそうだった。

「また機会があれば、いらしてください。歓迎します」

 というのは、社交辞令ではなさそうだった。

 目指す玄武国は、学問が盛んな国である。他の種族の倍ほど長く生きる玄武族は、余暇を持て余しているために、あれこれと思索を巡らせ、ときには議論を戦わせる。趣味が高じて、最高峰の国立大学は、他国の研究者がこぞって所属したいと願い、優秀な学生が留学してくるようになった。

 勉強嫌いな琥珀にしてみれば、蕁麻疹が出そうな場所である。きっと、学校にいたときに「うへえ」と思った人種がごろごろいるのだ。行きたくない。大学のある街の宿でひとり、留守番をしていたい。だが、紫嵐は許さないだろう。

 馬の上、ぴんとした背中を見つめる。彼が弱っているところを、琥珀は出会った龍型のときしか見ていない。実家で療養していたときだって、布団の上でふんぞり返っていたものだ。

 どうしてか、紫嵐は琥珀を手元に置いておきたがる。興味のあることが違うのだから、自由にさせてくれればいいのに。

 字もきれいで、こまめに琥珀の実家へと手紙を送っている紫嵐は、自分などよりもよほど、木楊との方が気が合うだろう。実際、琥珀のわからない話で楽しそうにしているときがある。梨信の家に行くまでの間は、琥珀ばかりが喋っていたけれど、今は琥珀だけが沈黙している。

 木楊って、あんなふうに笑うんだな。

 後ろからとぼとぼと馬を歩ませる琥珀の目の前で、ふたりは並んでいる。木楊は夢中になって紫嵐に話しかけていて、その頬は薔薇色に染まっている。紫嵐も彼を邪険に扱うでなく、小さく相槌を打ちながら、ぼそぼそと返事をしたり、時には微かに笑っていたりした。梨信と三人で会話をしたことで、木楊の緊張が解けたらしい。

 それにしても、である。

 ふたりとも、琥珀に見せる顔とはあまりに違いすぎやしないだろうか。特に木楊に関しては、お互い十になるかならないかの年のときからの付き合いだから、相当長い。なのに彼はいつも、琥珀の顔色を窺って、びくびくしているのだ。紫嵐も紫嵐で、自分には皮肉しか言わないじゃないか。

 ぶすっとしてついていく旅は面白くない。あのとき紫嵐を助けたことに後悔はないが、役割を逆にしておくべきであった。巨体の龍に木楊が恐れおののいていたからその場を離れさせたし、冷静な人間の方が残って手当をすべきだと思ったから、そうしたまで。

 もしも木楊が紫嵐の逆鱗を剥がしていたら、今頃はお似合いだっただろうし、自分といういらないおまけもついてこなかった。結婚すべきなのは、木楊だった。

 ああ、早く離れられたらいいのに。

 青龍族の掟については、梨信にも相談した。彼は「別に神罰が下るわけではないのですが」と言った。ならば今すぐにでも婚姻関係を解消しよう、と意気込んだ琥珀に、紫嵐は無表情をさらに冷たくした。

『掟を守れなかった者は、貴族だろうがなんだろうが、見下され石を投げられる。無論、拒んだ側の人間も』

 などと脅してくるものだから、やってられない。

 ――お前だって、木楊と一緒にいる方が、楽しそうじゃないか。

「そろそろ休憩しよう」

「ええ? 今日中に次の街に行っておきたいんじゃなかったか? 俺、まだいけるけど」

 紫嵐の提案に、琥珀は文句を言った。休憩時間ともなれば、それこそ琥珀はやることがない。野営となれば薪を集めにいったり、食事の準備をしたりとやるべきことはあるが、明るい時間、小休憩に焚火は必要ない。

「お前は」

 声色だけで、彼の感情は少しずつわかるようになっていた。特に、「お前は」で一度言葉を切るときには、確実に彼は、自分に呆れている。

「自分の従者のことくらい、ちゃんと見ろ」

「従者って……」

 木楊?

 琥珀は首を傾げ、紫嵐の言葉どおりに木楊のことを見る。すると、馬の上で姿勢を保っているのもやっとという有様で、ふらついていた。馬の調教がよく行き届いていて、乗り手のふがいなさを上手くかばっているからどうにか落馬せずにいるが、これがもしもじゃじゃ馬だったとしたら、木楊はとっくに振り落とされている。

「私より、お前が気づくべきだろう」

 琥珀は黙った。あれこれと言いたいことはある。

 後ろからついていくだけの自分が、木楊の顔色が優れないことに気づくわけがない。むしろ、後ろで不機嫌になっている自分に気づいてしかるべきではないのか。主人が従者の顔色をうかがうなんておかしな話じゃないかとか、今は紫嵐の方が主みたいなもんじゃないか、とか。

 けれど、上手く言葉にならない。頭がごちゃごちゃして、整理しきれないのだ。感情のままに垂れ流しても、ますます紫嵐を呆れさせるだけだろう。琥珀は黙り、木楊に怒鳴った。

「具合悪いなら、早く言えよな!」

 紫嵐の助けを借りて馬から降りた木楊は、青くなって「申し訳ありません」と目を伏した。紫嵐が再び何か説教をしようと口を開きかけたのを制して、琥珀は「俺、もうちょっと先の様子見てくるから!」と、馬を走らせた。

 玄武国、目当ての街に入った頃から、木楊はどこかおかしかった。

 いや、紫嵐に「従者のことはちゃんと見ていろ」と怒られたから気づいたではない。琥珀が気にかけるまでもなく、木楊は普段やらかさない失敗を、短時間に次々に犯すのだから、一目瞭然でおかしかった。

「まさか、すぐに会えないなんてな」

 やれやれ、と夕食の席にやってきた琥珀に、紫嵐は小さく頷いた。

「仕方がない。老師はもうかなりの高齢で、毎日大学に来ているわけではないそうだからな」

 年を取っているから、というだけじゃなさそうだったが、と琥珀は三日前のことを思い出す。

 紹介状を提出し、面会を求めた自分たちを出迎えたのは、淵明の研究室で助手を務める女性であった。学問をするのは男ばかりだと思っていた琥珀はぎょっとしたし、青龍国でも実情は同じだったのだろう、「失礼ですが、あなたは?」と、身分の証明を求めていた。老爺の情婦、という下世話な妄想が、琥珀の顔には表れていたのだろう。ムッとしながらも、彼女は朱雀国から留学し、そのまま淵明に師事して大学に残っているのだという旨を話してくれた。

 確かに、彼女の耳や手には羽毛が生えている。朱雀国は女が中心となって政治を行う国だから、学問をする女も多いのだろう。国に帰らずに残って研究を続けるのは、男であっても珍しい。

 留学は、大貴族のお遊びでなければ、優秀な学生を選抜し、国が費用を負担する、先行投資というやつだ。帰国後は国に尽くすのが一般的だ。まあ、梨信のような例外もいるし、目の前の女も同等に変わり者なのだろう。

 まじまじと物珍しく見てしまう琥珀に、彼女は嫌悪感を隠さなかった。琥珀のことはまるっと無視を決め込んで、話のわかりそうな紫嵐に話しかけた。

『梨信殿のご紹介であれば、先生もお会いになると思います。しかしあいにく、先生は温泉に行ってしまったところで……』

 帰ってきたら知らせると言われ、すごすごと宿に引っ込んだというわけである。それからは街をぶらぶらした。紫嵐が持ち出した装飾品を売りに行くというから、路銀も馬鹿にならないことに思い当たり、琥珀は宿の雑用をこなして少しでも宿泊費を浮かすことにした。

 そして先ほど、大学からの遣いが淵明の帰還を告げにきたのであった。明日の午後に伺うことを伝言してもらって、ようやく事態が進展するわけである。

「先生との面会って、どのくらい時間かかるのかな?」

「さあ……玄武族は気が長いからな。私の聞きたいことについても、即答してくれるかどうか」

「げぇ」

 琥珀は舌を出した。待つのは苦手だし、何よりも「大学」という、勉学に励む人間しかいない場所だ。先日は研究室とやらには入らなかったが、今回は入ることになる。梨信の家でも、感じたが、棚にびっしりと書物が並んでいるのを想像しただけで、琥珀は嫌になった。

「それ、俺もいかなきゃだめ?」

 紫嵐は少し考えていた。黙しているが、きっと心の中はこんな感じだろう。

『こいつを連れていっても、特に役に立つことはないんだよな』

 実際、役に立たないとは思うので、琥珀は自分から言った。

「まあ、一応は伴侶だから一緒に挨拶はするよ。でも、それでいいだろ? 俺は適当に時間つぶしてるからさ」

 食堂の女将からも、下ごしらえの手伝いを頼まれている。豆を莢から取り出したり、海老の背わたを取ったり、おそらく食堂の人たちは、琥珀のことを白虎の貴族とは思ってもみないだろう。

「なんなら代わりに、木楊を連れていけよ。梨信のところでも、お前ら三人で盛り上がってただろ? それにこないだは大学に行かなかったし、いろいろ見せてもらうのもいいんじゃないか?」

 本来、従者や使用人は主人と食卓を共にすることはないが、そういう点はなぜか寛容な紫嵐のもと、木楊もすでに夕食を終えている。食後の茶を淹れていた彼は、琥珀の言葉によってぴくりと動きを止めた。

 この街についてすぐに大学へ顔を出すことになったが、木楊は馬を連れて宿に先に向かうということで、別れたのだった。琥珀と違って学問好きな木楊のことだから、大学に行きたがるとばかり思っていたのに。

「いえ、私は……」

「遠慮すんなよ。梨信とも紫嵐とも、話してて楽しいんだろ? 俺にはさっぱりわかんないけどさ。淵明って爺さん先生は、もっといろんなこと知ってるんだろ。会ってみたいんじゃないか?」

 珍しく琥珀が気を回したにも関わらず、木楊は固辞する。

「私のような身分の者が、大学に足を踏み入れることはできません」

 どちらかというと、彼は琥珀の機嫌に左右されやすい性格であった。自分の意志を貫こうとする気概はない。よほど大学に行きたくないのか、けれど琥珀と違って勉強が好きなはずなのに、不思議なことである。

「玄武国の大学は、その出自で学生を差別しない。優秀で意欲的ならば、庶民であっても奨学金を得て研究をすることができる。当然、『耳無し』であっても」

 木楊の二の矢を先に潰したのは紫嵐であった。彼自身、琥珀よりも木楊を連れていった方が利になると考えているのだ。それはそれで面白くはないが、興味のない話を延々と聞かされるよりは幾分かマシだ。玄武族は皆、のんびり屋だ。ましてそれが、年老いた翁であればなおさらである。黙ってにこにこと話が進むのを待つのは耐えられない。

「む、無理です。無理、私には……すみません!」

 茶を提供する手が震え、それどころではなくなってしまった木楊は、錯乱し、そのままガシャンと卓上に放り出した。部屋を出ていくのを、あっけにとられて琥珀は見送った。

「……何か事情がありそうだな」

 思案顔で呟いた紫嵐の目は、琥珀に「木楊の事情を知らないか?」と、問いかけてくる。琥珀は首を横に振った。

「知るはずがないだろ。あれは両親がどこかから拾ってきたんだから」

 都を追放されて、砂流の街に定住するまでの間、どこだったかの街で突然合流したのが木楊だった。耳も尾もない、ひょろひょろした子どもを、「新しい家族よ」と紹介されたときの琥珀の気持ちなど、紫嵐には想像できないだろう。どこかの貧民窟から気まぐれに拾ってきたに違いないほど、出会ったときの木楊は、臭かったし汚かった。

 紫嵐は「そうか」と言ったきり嘆息し、琥珀にあれこれと尋ねるのをやめた。

 沈黙すら心地よいのが相性のいい関係だというのなら、自分たちの間柄は最悪だ。

 重苦しい空気に、琥珀の方こそ大きく溜息をつきたかった。

(9)

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました