花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(3)

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 四月の間は、新入生はバタバタと忙しく、何度か全員、あるいは数人を集めての懇親会が限度であった。五月に入って、日々の勉学の習熟度状況であったり、教師や学友からの聞き取りも含め、候補者は三人に絞られていた。

 ひとりはひどい虚弱体質で、学校に来ることすらおぼつかない。ブートニエールの儀を行う相手は、一生涯にひとりきりだ。リカルドの体液がいくら抜群の効果を発揮する栄養剤であるといっても、限度がある。

 つがいが急死した花食みや花生みの行く末は不穏だ。老いや病を受け入れ、じっくりと準備してからであっても、残された配偶者は二、三年しか生きられないことがほとんどだという。

 かわいそうだけれど、アズマは真っ先にその少女を削った。

 どうか彼女の身体が丈夫になり、幸せな人生を送ることができるように祈る。幸いにして貴族の生まれで、家は裕福だ。空気のいい田舎で静養をする余裕もある。王都はとにかく騒がしいし、人が多い分、病気も流行りやすい。彼女の家に出す手紙には、イザヨイ伯爵領に静かな土地があり、別荘を貸すこともできると提案した。

 せっかくここで出会ったのも縁である。ただ不適格の烙印を押すだけではなく、今後の人生に何かを持ち得てほしいと思うのは、傲慢であろうか。

 次に削ったのは、すでにブートニエールの儀を行い、決まった相手がいる新入生ふたりであった。言わずもがなである。彼らは最初から、リカルド殿下をどうこうする気持ちはない。いくら彼がハンサムで親切で、人たらしの気が多分にあっても、自分のつがいの花食みが最高に決まっている。

 彼らに対して送る手紙にも、「どうぞお相手と仲良く、幸せに」と添えるのを忘れなかった。

 そして最後のひとりは、あまりの素行の悪さに、アズマが何をするでもなく、退学になっていた。王子のお手付きになるかもしれないからと言って、おとなしい級友から金を巻き上げようとするなど、許されない。追放を言い渡されたときには、殊勝な素振りで泣いていたそうだけれど、学園とは規律を守るべき場であるため、花生みであっても容赦なかった。

 きっと、彼女は逞しく生きていくだろう。花生みは希少で、娼館でも引っ張りだこだという。学も地位も手に職もない、不良少女が堕ちる場所というのは、えてして決まっているものだ。かわいそうなことだが、アズマにはもはや、どうしようもない。諭す時間すらなかった。

「……で、残ったのがこれだけってわけ」

  そう言って、シノブが差し出してきた追加の資料には、そこそこ健康で、つがいがおらず、不法行為や見逃せないほどの大きな校則違反などがない、三人の候補者の詳細なプロフィールがある。この件に関わっているモチヅキ家の人間は他にもいるはずだが、シノブが専任で、詳細な調査をしてくれていた。

 このあとアズマは、これを当たり障りのないように清書して、リカルドの下へと馳せ参じる予定である。

 花生みということもあって、三人ともが異なる整った顔立ちの持ち主である。毎日突き合わせる顔なのだから、見た目はいい方がいい。誰もが認める美貌ではなくとも、リカルドの好みであれば、それでいい。

 しかし、アズマは頭を抱えた。

「男ばっかり……!」

 花生みが生まれる確率に、男女の偏りはない。たまたまである。実際、去年や一昨年は、女子生徒の方が多かった。リカルドは何度かデートはしたものの、結局彼女たちを選ばずに終わってしまったが。

 リカルドの恋愛対象が女なのか男なのか、尋ねたことはない。たいていの男は女の方を対象にするから、おそらく女性を好きになるだろうとアズマは思っている。

 なのに、男。今年もダメかもしれない。一応、去年までの候補者にもチャンスはあると言ってもいいが、その場合も女性は特に、貴族も平民も結婚が早いから、今更何を、と突っぱねられる可能性がある。

 長い長い溜息をついたアズマに、シノブは「俺のオススメはぁ……」と、呑気に言い放った。そしてアズマの顔を覗き込むと、ニッと笑って、「いや、やっぱりいいや」と、部屋を出ていく。

 ひらひらと手を振る後ろ姿を、「なんだったんだ、あいつ」と見送って、ハッとした。

 清書を手伝わせるべきだった……!

 嘆いてもシノブは戻ってこない。とにかく情報をわかりやすくまとめようと、アズマは筆を執った。

「ということで、三人の候補者と、一対一で会ってみましょう」

 三年目ともなれば、剪定師としての振る舞いも板につく。

 自室ということもあって、すっかりくつろいだ様子のリカルドは、アズマが徹夜状態で仕上げた候補者三名のリストを、指先でつまんだ。できれば触れたくもない、という嫌そうな気持がひしひしと伝わってきて、「殿下」と、アズマは叱責する。

 肩を竦め、真面目に読む素振りを見せ始めたリカルドに、アズマは満足して頷いた。形だけでもいい。候補者に興味があることを、本人たちの前でも見せてくれたら、それで。興味、関心を一切抱かれないのが、最もかわいそうだから。

 頬杖をつきながら、リカルドは紙面に目を落とし、そのまま「アズマ」と、呼んだ。

「はい」

「もちろん君、デートにはついてきてくれるんだよな?」

 この二年、私が剪定師としてふたりのデートについて行かないことがありましたか?

 という嫌味はぐっと堪え、「もちろんです」とだけ言った。

「ならいい」

 顔を上げ、リカルドは微笑んだ。心の底から嬉しそうに。自分などよりも、候補者たちに向けられるべき笑顔を、今この場で独占している。それは優越感と同時に、「今だけなのだ」という寂しさも胸にこみあげてくる。

 花生みは生まれつきの体質だ。いくら願っても、アズマが彼のつがいになることはない。

 プライベートでの微笑みを受け取る相手は、早晩自分ではなく、選ばれた花生みだけになるのだ。

 資料を読み込む彼を凝視するのも失礼で、アズマは窓の外を眺める。花の国・ガートゥンは四季折々に美しく、春の盛りは過ぎたものの、初夏は青々と茂った木々が眩しい。下に目を向ければ、可憐なスズランが群生している。

 ――ああ、きれいだな。

 アズマは目を細めた。 

 整えられた庭園も、手付かずのまま野放図に咲き誇る野の花も、この国はどこまでも美しい。雪で真っ白にに塗りつぶされる季節も、春に爆発するための力を蓄えている期間であると思えば、愛おしさすら覚える。

 この国を選び亡命した先祖たちもきっと、この光景を愛したのだろう。喜んで受け入れてくれたガートゥン王家には、深く感謝をしている。家が続く限り、万が一国が亡びることがあっても、イザヨイの一族は命に代えても、王族の方々を守り抜き、安住の地を見つけることだろう。

「疲れているな、アズマ」

 しばらくぼんやりとしていたら、急に声をかけられて反応が遅れた。振り返ると、すでに資料を読み終えて、紙の束を机に伏せた状態のリカルドが、頬杖をついてこちらを見つめていた。

 その目は優しく、甘く、アズマの心を震わせる。決して表情に出さないように、彼に気づかれないように、アズマは太腿にぐっと強く爪を立てた。痛みで口元が引き締まる。

「いえ、そんなことは……」

 否定するアズマのもとに、立ち上がったリカルドが接近してくる。窓際に追い詰められ、彼を見上げた。

 アズマも背は高い方だが、リカルドは自分よりも拳ひとつ分は高い。加えて、どれだけ食べても太らず、鍛えてもかさが増えないアズマは、身長のわりに細身で軽量だ。逞しいリカルドに目の前に立たれると、多少の圧迫感がある。

 彼はアズマの頬に触れた。肩が跳ねるが、抵抗はしなかった。友情以上の、特別な感情はそこにはない。あってはならないと知っている。

 たぶん文字通り、身体の調子を知りたいだけなのだろう。実際、彼の手は熱を測るために額に触れ、その後目の下を引っ張って、医者と同じ動作を行った。

「血が足りないか、身体が冷えているか……とりあえず、お茶を用意しよう」

 机に置いてあったベルを鳴らすと、すぐに係の人間が飛んでくる。厨房から湯を沸かして持ってくるように伝えると、恭しく礼をして、男はすぐに退出した。

「お茶の用意なら、私が」

 リカルドは茶が好きだ。国内のみならず、外国産の茶葉を買いつけて、この執務室にもいくつか置いてある。給仕の人間にやらせるのが普通だし、客人をもてなすときは一任するが、彼は自分と親しい人間だけで喫するときには、自身でポットを用意して、手ずから淹れるのを好んだ。

 アズマも何度か相伴しょうばんあずかったことがある。その度に、尻の座りが悪いむずむずとしたいたたまれなさを覚えるため、自分がやると申し出ては、毎回却下されていた。

「これは君のために俺がブレンドした茶葉だ。一番おいしく淹れられるのは俺だし、今は大切な友人が疲れているのを労う場面だぞ」

「ありがたいことだとは、思っておりますよ」

 ありがたすぎて、いつもカップを持つ手が小さく震えるくらいだ。

 そうこうしているうちに、温められた茶器と湯が届き、リカルドはさっさと作業を始める。気を利かせた係の人間が、簡単な茶菓子もつけてくれていた。先に食べていたまえと許可をされたので、毒見がてら、齧った。

 甘さに脳の奥が痺れる感じがして、本当に疲れていたのだな、と今更実感した。椅子に深く腰掛けて、首をゆっくりと回す。

「そろそろ自宅用のもなくなるだろう? 用意してあるから、持っていけ」

「はい」

 ゆっくりと口をつけた茶の味は清涼で、菓子の重さをすっきりと流してくれるものだった。

 

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