花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(6)

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(5)

 ふたりめのデートは、赤毛のショーンであった。

 アズマとリカルドは、彼を迎えに学園の寮にやってきていた。王都から離れた地域出身の平民のために作られた建物で、花くらべを必要とする三年間しか、部屋はすべて埋まらない。

 ショーンは南方の農村出身で、当然親も農業を営んでいる。あちらはガートゥンの穀倉地帯と呼ばれていて、人口が少ない村とはいえ、土地は広大だ。ひとつひとつの農家が持っている小麦畑によって、この国の食糧事情は支えられている。

 ショーンはいわゆる豪農の家の出身で、そこそこ裕福であった。花生みの異能を開花させたときには、リカルドはすでに花食みであることが判明していた。いずれ王都の学園に上がることはわかっていたので、彼の親はどうにか工面して、都会から家庭教師を派遣してもらい、一般教養やマナーについて身に着けられるようにしてくれていた。

 が、どうもショーンはそうした活動には向いていなかったらしい。先日、教師に提出してもらった学業成績は地を這っていたし、貴族的な振る舞いを求められる場面でも、失敗することが多い。だが、性根はあのエリオットよりもずいぶんとマシで、階級問わずに可愛がられている節があった。

「今日はよろしく、ショーン」

 何くれと対の花候補たちのことを気にかけ、相談に乗っているアズマはまだしも、初めて一対一で対峙したリカルド相手に、ガチガチに緊張していた。話しかけられて、肩を跳ね上げ、「あ、う、ええと」と、この場にふさわしい気の利いた文句を探し、視線をさまよわせている。

 アズマはこれではショーンのいいところが何も伝わらないと思い、口を挟んだ。

「ショーン。大丈夫だ。これは私的な場面だから、リカルド殿下も多少のことなら、お許しになられる……ですよね、殿下?」

 確認に振り向けば、彼は鷹揚に頷いた。

「むしろ、普段どおりに話をしてほしいな。たまに廊下や運動場で君を見かけるが、もっと砕けた調子で、友人たちとは話しているだろう?」

 違和感があるのなら、敬語もなしで構わないと言い放ったリカルドと、アズマの顔をショーンは交互に見やった。頷いてみせると、ようやく肩の力を抜く。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 うん、と頷くリカルドは、「それじゃあさっそく出かけようか」と、彼に手を差し出し、馬車へとエスコートしようとする。

 お目当ての目抜き通りからは少し離れているとはいえ、じゅうぶん歩いて迎える距離である。わざわざ馬車に? という顔をするショーンに、アズマは応えてやった。

「友達と一緒なら、徒歩でわいわい行くのもいいが、今日はリカルド殿下が一緒だから。防犯のためにも、馬車に乗ってほしい」

 ショーンは改めて、今日のリカルドの服装を見た。ブラウスやジャケットから、貴族的な装飾は極力排除されている。シンプルなシャツとスラックス。そして同じ生地を使ったベストである。カフスボタンもなく、天気がよく気温が上がりそうなので、袖をまくっていた。ちなみにアズマも、似たり寄ったりのお忍びスタイルである。

 ショーンが希望したのは、王都のグルメを食べ歩き観光したい、というものだった。警備の都合もあるから、あまり長居はできないが、むしろその方がいいと言った。

「王子様とふたりきりなんて、緊張しちゃうから」

 完全なふたりきりではなく、アズマや護衛の騎士たちも、目立たないようにしてついていくわけだが、野暮なつっこみはしない。

「それでは皆さん、お乗りくださーい」

 ふざけた口調の御者は、なぜかわざわざこの役目を買って出た、シノブである。アズマがやると言ったのに、彼は頑として譲らなかった。

「君はどこかで……」

 同世代の若い御者を見て、既視感を覚えたらしいリカルドが、どこで見たのかを思い出そうとする。無理もない。シノブはイザヨイ家、ひいては王の諜報部員として秘密裏に動いている。リカルドも、任務中の彼のことはちらりと見かけたことがあるだろうが、仕事中のシノブは、本当に隠密らしい隠密で、人の印象に残らないのだ。

 首を捻るリカルドと対照的に、ショーンはアズマとシノブを見比べている。似てる、と呟いた彼に、シノブは「しーっ」と、片目を閉じた。勉強はできずとも、聡い少年は、こくんと頷く。

 勘のいいところがあると思っていたが、まさか血縁関係に気づくとは思わなかった。別に隠さなければならないわけではないが、シノブの正体が広く露見することは、内部調査の妨げとなる。

「ほら、剪定師殿も乗って乗って」

「……はい」

 気安く肩をバシバシと叩かれて、アズマはふたりに続き、馬車に乗る。向かい合うふたりの席のうち、ショーンの側に座ろうとしたところで、リカルドに腕を強く引かれた。

「殿下?」

 彼は、つい先ほどシノブに痛めつけられた肩を払う。埃でもついていたのだろうか、とアズマは首を傾げ、「ありがとうございます……?」と、言った。向かいに座ったショーンが、呆れたように溜息をついた。

 まったくもって謎である。

(まぁ、いいか……)

 馬車は滑らかに動き出した。アズマは馬車の窓から空を見上げる。

 いいデート日和である。

 馬車の中では、ショーンはまだ緊張していたが、ずいぶんと打ち解けた。

「リカルド様! こっちこっち!」

 と、平民の友人に対して振る舞うようなそぶりになっている。

「でん……リカルド様」

 国民に顔が割れていても、今日は一応、「お忍び」である。「殿下」はよろしくない。アズマは呼び直し、ちょいちょい、と彼の袖を引いた。

「あまり砕けたままでは、今後の彼の学園生活にも響きます」

 ここで甘やかし、無礼講だとぞんざいな言葉遣いや態度を許可して、彼がずっとそのままだったらどうするつもりなのか。無礼者だとショーンがいじめられる可能性もある。

「大丈夫。彼はそこまで馬鹿じゃない」 

 ものすごく、信頼なさったようで。

 口を開けば嫌味っぽくなりそうだったので、黙った。・

「ほら、アズマ先輩も!」

 厳密には、アズマはすでに学生ではない。先輩という呼び名は間違っているのだが、久しぶりの呼称に懐かしくなって、はいはい、と彼についていく。

「わぁ……!」

 城下町の大通りには、屋台が所狭しと常に並んでいる。朝一番に来ると、場所取り合戦をしてる大将同士の小競り合いが見られる。これは王都のひとつの名物として、面白おかしく語られている。

 ちょうど昼時ということもあって、どこの店も繁盛している。アズマは人混みの中、私服姿で潜伏している護衛騎士たちに目配せをして、人数を確認した。

「ほら、ショーン。危ないぞ」

 初めて見る光景に目を輝かせ、視線があっちこっちと定まらないショーンは、ふらふらひとりで出歩いていって、迷子になりそうだ。リカルドは苦笑しながら、彼の腕を取った。

 エリオットのときとは違い、自分から積極的にエスコートをしようという姿勢に、剪定師としてのアズマは、「ようやくやる気を出してくれたか!」と、喜ぶ。その裏側にいる自分の本当の気持ちには蓋をして、ショーンの初々しい反応を眺め、ふたりについていく。

 傍から見ていて、ふたりの相性は悪くはなさそうだった。

 慣れてくると物怖じしない性格のショーンと、笑って許すリカルドは、微笑ましい。身分差があるため、内務大臣あたりは難癖をつけてきそうだが、何よりも優先されるべきは、百花王であるリカルドと相手の意志だ。国王や宰相以下、他の貴族やあまねく国民たちは祝福するだろう。

 どうしても治まらない部分は、自分が間に入ればいい。そのための剪定師である。

「ほら、ショーン。クリームがついてるぞ」

「えっ? どこ?」

 食べ歩きをする姿すら、どこか上品なリカルドと、見た目のままやんちゃなショーンは、デートというよりも兄弟がじゃれているみたいだった。店番をしているおかみさんたちが、「仲がよろしいこと」と、目を細めて笑っている。

 ついでに仲良し兄弟宛に同じものをひとつおまけしてくれたので、アズマもクリームの入った焼き菓子をおすそ分けしてもらった。仕事中だし、食べ歩きをあまり行儀のいいことだと思っていないので、大切に懐にしまう。

 アズマの性格の問題なので、「こういうのは出来立てが美味いんだろう」と、やや拗ねた様子のリカルドにも、「あとでいただきますから」と、表情を変えなかった。

 しかし、そんなアズマも目の前の光景には、目を見開き固まった。

「ここだよ、ここ」

 笑いながら、リカルドはショーンの口元に手を伸ばす。見るからに柔らかそうな頬をかすめた指先が、的確にクリームを拭い去り、そしてそれをそのまま。

「っあー! 馬鹿っ! 馬鹿、リカルド様のばかっ! 恥ずかしいことするなよ!」

 アズマが悲鳴をあげそうになるより先に、ショーンが大声で喚いた。何事か、と人々が歩みを止めてふたりに注目をして、それから「なんだ、痴話喧嘩か」と、すぐに逸らす。ショーンの顔が真っ赤だったから。

「だって、クリームがもったいないだろう?」

 ならばあなたは、誰に対してもそういうことをするんですか?

 もしも今、私の口にクリームがついていたら、ショーンにしたのと同じように、クリームを指で拭って、そのまま舐めるなんてこと、しますか?

 反語調に「するわけがない」と自嘲したアズマのところに、ショーンがやってきた。後ろに隠れて、リカルドへの楯にされている。

「おや」

 威嚇しつつも、相手のことが気になって仕方がない、懐く一歩手前の猫のような風情のショーンに、アズマは知らず、瞳をやわらげた。リカルドよりも自分の方が信頼されている表れだと思うと、あまり歓迎すべき事態ではなかったが。

 アズマはショーンを前に押しやり、「甘いのを食べたら、今度はしょっぱいものが欲しくなったんじゃないですか? リカルド様がオススメの店を紹介してくださいますよ」と、促した。

 リカルドは王子殿下だが、政とはかけ離れた場所に行くことが決まっている男だ。昔から比較的自由にしており、お忍びで城下町で買い食いをすることは、昔から暗黙の了解というやつで、店主たちも受け入れ、あれこれと世話を焼いてくれる。

「肉!」

 十五歳、食べ盛りの少年の食欲は無限だ。途端にアズマの元からリカルドのところへと移動して、彼にくっついていく。

 リカルドは「にっくにく~」とご機嫌なショーンに気づかれないようにこちらを見て、微笑んだ。

 ああ、この方に選ばれる花生みは幸せに違いない。

 自分は決してその地位にはなれないアズマは、彼らから数歩遅れて、ついていった。

「たれもオツなもんだな」

 兄への土産を買おう、とリカルドは気まぐれを発揮した。

 彼の気に入りの串焼き屋で、これまたその味にすっかり魅了されたショーンも、「俺もテオや友達に食べさせたい!」と言った。それからハッとした顔でもじもじしていた。

 どうやら無意識におねだりをしてしまったと思ったらしい。そんないじらしい様子に、リカルドは唇を緩めた。

『そのくらいいくらでも買ってやる。何本必要だ?』

 遠慮がちに、けれど実際は図々しくも、ショーンは「五……いや、十本欲しいです!」と、正直に言った。そのあけすけさに声を上げて笑い、楽しませてもらったからと、リカルドは希望通りの本数をオーダーした。

 しかし、ここで問題が起きた。

『塩十本を、二組包んでくれ』

『は? なんで勝手に決めるんです?』

 王子は生粋の塩派で、塩しか食べない。ショーンはどちらも食べ比べたうえで、タレに軍配を挙げていた。

 仁義なき塩対タレの論争に巻き込まれたアズマは、頭が痛かった。

 何せ、

『塩コショウのみの味付けによって、素材の味がぐっと引き立つのがわからないのか? なあ、アズマ』

『タレはお店の人の汗と努力の結晶! 塩コショウよりも手間暇かかってるんだから、そっちのが美味しいに決まってます! ねえ、アズマ先輩!』

 と、ふたりとも自分にジャッジを押しつけてくるのだから、まったく困ったものだった。

 どうもショーンと絡むと、リカルドの知能指数というか、精神年齢が彼と同じになってしまうようだ。ショーンが選ばれたら、毎日こんな感じでぎゃあぎゃあ喚かれるのかと思うと、若干憂鬱にもなる。

 アズマの采配によって、彼らは和解した。土産に両方を買って行って、皆にどちらが美味しかったかを聞く、というそれは、決着を先延ばしにしただけのような気もするけれど、ひとまず無事に帰ってこられたのでいいことにする。

 そしてさっそく温め直して、串焼きを頬張っているのだから、リカルドは健啖家だ。

 小さく溜息をついたアズマは、自分用に取ってあった焼き菓子を取り出し、リカルド曰くの「デートお疲れ様反省会」で出された茶に口をつけた。もちろん、いつもの特別なブレンドである。

 リカルドと茶を飲む場面では、これしか出てこない。美味しいので構わないが、リカルド本人は、いつも別のブランドの茶を淹れている。王室御用達で高級なのだろうが、アズマだけの特製ブレンドの方が美味しいことだけは、間違いない。二種類の茶を準備するリカルドの手間さえなければ、何の文句もないのだ。

「まったく。子どもじゃないんですから……」

「君の前でくらい、構わないだろ?」

 何もかもわかっていますよ、という顔をした主が小憎たらしい。じっと真顔で「見る」と「睨む」の間の視線をぶつけてやってから、焼き菓子にかぶりついた。

 クリームがたくさん入った菓子は、生地があまり甘くなく、うまく調和していた。あいにく、食事を褒める語彙がないために、月並みな感想になってしまう。

「それで、君はどっちがいい? タレと塩」

「私は、食べられればそれで構いませんので」

 出てきた食事に文句をつけるな、という環境で生まれ育ったアズマなので、本心だったが、実際には、リカルドが好きだと言う方を選んでしまうのだろう自分がいることも、わかっていた。

「ふーん」

 つまらない奴だと思われただろうか。

 リカルドの顔を見ないでいると、なぜか彼は立ち上がり、こちらにやってくる。ますます顔が見られない。

「アズマ。ついてるよ」

「へ?」

 もののふの末裔とは思えない声が、アズマの口から上がる。

 今のはなんだ? 指か? ショーンへの振る舞いを「うらやましい」と思っていたのが通じて、優しいリカルドは叶えてくれようとしたのか?

 だとしても、今のは指とは違う。もっと弾力があって、少し湿っていたような……。

 アズマはリカルドを見上げた。彼はいたずらが成功した、してやったりという笑みを浮かべ、こちらに向けてウィンクをした。

「ごちそうさま」

 その口の端には、白いクリームが付着していたように見えて……。

 アズマはこれ以上、今の彼とのやり取りを意識しないように努めることにした。

 ひとまず、この顔の赤みが引くまでは俯いていようと決めた。

 その後、学園の職員寮に戻るアズマに近づいてきたシノブが、「変な顔して、どうした?」と目を丸くしていたので、まだ全然治まっていないことを悟るのだった。

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