星読人とあらがう姫君(8)

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ライト文芸

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7話

 翌朝目覚めた露子は、女房たちから質問攻めにされた。

 旦那様はどのようなお姿? お優しかったですか? 逞しいお身体で、あちらの方もお強いのですか?

 すべての質問が煩わしく、しかも答えられない問いばかりだったので、露子は「具合が悪いの」と局に引っ込み、寝台に突っ伏した。唯一露子の様子に気がついていた雨子だけが、「姫様……」と傍で何も聞かずについていてくれる。

「どうせ私は、魅力なんてないですよ」

「姫様……」

 男が抱きたいと思うような顔でも身体でもない。それでも妻に、と望んだのはそちらではないか。八つ当たりしたい気持ちがふつふつと湧いてくるが、さすがに雨子に当たるのは理不尽だと思って耐える。露子にだって一応、主人としての自尊心というものは存在している。

「ごめんください」

 がばりと露子は顔を上げた。あの少年の声だ。何の用事だろうか。きっと謝罪の文でも持ってきたのでしょう、と雨子が希望的観測を耳打ちしてきた。

 元服前の童は、まだ男としては認められない。貴人の女性は夫以外の男性の前に姿を現すことは叶わないが、ぎりぎり彼ら相手ならば会うことができる。

 雨子に目配せして、御簾を上げさせた。まさか顔を合わせるなんて思っていなかったらしい少年は、目を丸くして、さっと跪き、平伏した。

「顔をお上げなさいな」

 わざと気取った露子の言葉に、「でも」と童は躊躇っていたが、「奥方様のご命令ですよ!」と、雨子がやや声を荒げて言うと、慌てて顔を上げた。

 童の顔立ちを初めて、露子はまじまじと見つめた。落ち着かない目の色は薄く明るく、中央の瞳の暗さと対照的だった。

「ねぇ、あなた名前はなんて言うの?」

「は……私ですか? からすと、お呼びください」

「烏……?」

 髪の毛の色も目の色と同じように、烏の濡れ羽色とは言えない。まるで薄墨を伸ばしたような色合いなのに、「烏」とは皮肉な名前だと思う。

「勿論本当の名は別にありますよ。でも本名を教えることは、呪いにさらされるということで、隠しております」

 と、烏は言う。

「俊尚様ほどの術者になれば、簡単には呪いなどかからないのですが、私は勉強中の身でございますれば」

「え、あなたも陰陽術師なの? ただのお使いじゃなくて?」

「見習いですが」

 はぁ、と露子は感心して溜息をついた。こんな幼い子供までもが、陰陽術の修行をしているのか。

「それで、何の用かしら?」

 こちらが呼びつけたわけでもないのに露子たちのいる北の対にやってきたということは、直接の主人である俊尚の命によるものだ。ああそうでした、とばかりに烏は、手にした枝を差し出した。

「俊尚様から奥方様への贈り物でございます」

 枝には濃い緑の葉と、白い小さな花がついている。雨子が受け取って、露子に渡した。すぅ、と息を吸うと爽やかな香りがしてきて、その枝の正体が橘だとわかる。

「どうしてこれを……?」

 烏は肩を竦めた。主人からは何も承ってはおりません、と。

「言葉にしないだけで、あの方は奥方様のことを想っていらっしゃいます」

 それでは、と一礼した烏を呼び止めて、

「別に俊尚様のお使いじゃなくても来ていいのよ? ううん、来てちょうだい。話し相手になってほしいの」

 と言うと、烏は目を瞠った。その目の色は変わってはいるものの、やはり美しい。琥珀によく似ている。もっと見たくなって、露子は彼を近くへ、と呼び寄せてその目を覗き込んだ。

「お、奥方様……っ?」

 一瞬顔を引いた烏の肩を、露子は思わずがしっと掴んで引き寄せた。

「不思議な色ね。……でもとても、きれいよ」

 露子は微笑んだ。周りの人間と少しだけ、違う。それは露子の髪の毛も同じだ。違うことで美しく見えるものもあるのだ、と思うと、なんとなく励まされるような気がしたのだ。

「その見た目で、苦労したことはある?」

「……それは」

 顔色だけで肯定だとわかる。黒いことが美しい中で、彼は一人だけ薄い色を纏う。白い烏は群れから追い出され、野垂れ死ぬだけ。

「言いたくないなら、詳しく言わなくていいわ。でも、私はそのままのあなたのことを、とても美しいと思う」

 はっとした顔をした烏は、何も言わなかった。しばらくの間じっと烏の目を見つめていると、次第に彼の顔は紅潮した。そこでようやく露子は解放する。烏はあからさまにほっとしている。

 その様子が年相応に見えたのが、印象的だった。

9話

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