臆病な牙(15)

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14話

 店を出て、二次会に行くグループと帰宅するグループに分かれる。当然、冬夜は帰ろうとしていたのだが、橋本が首に腕を巻きつけてきた。

「おい橋本……苦しいっての」

「なんだよー。帰るのかよ! 今日全然話してねぇじゃん」

 飲み直そうぜー、としつこい橋本を振り切ることができずに、香山も道連れにしようかどうしようかと考えていると、橋本が何かに気づいたように、ひゅう、と口笛を吹いた。

「おい、見ろよ」

「え?」

「すっげぇ美人」

 普段慎太郎とばかり遊んでいて、美人に相当の免疫ができているが、それでも反応してしまうのが、男の性である。

 冬夜だけではなく、香山もまた、橋本の視線の先を追った。

「あ、でも男連れか。残念」

 一人で立っていたロングヘアの女性の元に、背の高い男がやってきて、声をかけた。美男美女のカップルだな、と香山は呟いたが、冬夜は我が目を疑った。

 夜の闇を照らす灯りに、男の髪の毛は金色に輝いていた。彼が何かを言うと、女は嬉しそうに笑った。

 男は慎太郎に、間違いなかった。何度目を擦っても、自分に向けられていた微笑を浮かべ、女を口説いているようにしか見えない。

 慎太郎と美女の組み合わせは、非常に絵になっていた。その事実が、冬夜の胸をざわつかせる。

 ただの友人同士であったのならば、「彼女か? 水臭いじゃん。ちゃんと紹介しろよ」と笑って突っ込めたシーンだ。

 しかし、冬夜と慎太郎は、普通の友人同士ではない。慎太郎が半吸血鬼だということを、冬夜は知っている。

 ああ、そうか。冬夜は腑に落ちた。

 ここ最近、ちっともお呼びがかからないと思ったら、なんのことはない。彼は冬夜と出会う前の生活に戻っていただけだったのだ。

 きれいな笑顔で女を口説き、ベッドの上でこっそりと、彼女の首筋から必要なだけ血をいただく。

 その代金として、極上の快楽を、女に与える。

「慎太郎」

 冬夜は香山たちの制止を聞かずに、近づいていく。雑踏の中で、聞こえるかどうかのかすかな声で、名を呼んだ。彼は振り返り、冬夜を捉えた。

「冬夜、くん」

 呆然とした響きがそこにはある。隣にいた女もまた、慎太郎の呟きに振り返る。

「なぁに? あなたの知り合い?」

 甘ったるい声を出し、慎太郎の腕にしなだれかかる。

「一緒にまざるの?」

 二人までなら私ひとりでもなんとかなるけれど、と彼女は冬夜の後ろについてきた香山たちまで舐めるように見つめ、下世話なことを言い出した。

 性的なことをサバサバと言える、自由に性を謳歌している自分を演出しているのだと、冬夜は思った。そして、嫌悪感が募る。

「俺より、そんな女の方がいいのかよ」

 ハラハラと見守っていた香山と橋本が、ぎょっとした。

 正しくは、「俺の血よりもそんな女の血の方がいいのかよ」である。

 当然、慎太郎が半吸血鬼である事情を公にすることはできない。そのため言葉を省略した結果、男同士の愁嘆場の開始となってしまった。

「冬夜くん、ちが……」

 慎太郎を遮って、冬夜はなおも言い募る。

「違わない。俺じゃ、カラダの相手はできないから、だから最近会ってくれなかったんだろ」

 慎太郎は何も言わなかった。沈黙は肯定だ。冬夜の硬い指先よりも、女の色気の滲む首筋からの吸血を、彼は選んだ。

「俺は……俺は、お前にとって、いったいなんなんだよ」

 自分の血を吸えと言ったのは、冬夜だ。慎太郎には拒否権もあったし、いつその約束をなかったことにしてもよかった。

 冬夜が傷ついたのは、何も言ってもらえなかったからだ。

 振り絞った声は、慎太郎には届かないのだろう。踵を返して、冬夜はその場を、速足で立ち去った。

 なんなのよアレ。

 そう言う女の声に応える慎太郎を、見たくなかった。

16話

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