函館駅前おしゃべりランチへようこそ 第一話③

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ライト文芸

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第一話②

「はぁ……」

 高望みやえり好みをするな、と姉には言われた。特に無理な希望を押し通そうとしているわけではないのだけれど、就職活動は難航中だ。

 長引く不況、特に飲食業界は原材料の高騰でダメージを追っていて、経費の中でも大きな割合を占める人件費を削ろうという向きは、わかる。

 求人サイトに出ているのは、大手チェーンの募集のみだ。キッチンもホールも募集が出ていて、あまり気乗りしなかったけれど、キッチンで働かせてもらえるのなら、バイトをしながら次を探せばいいか、と面接を受けに行った。

 申し込みフォームにも「キッチン志望」にチェックを入れたし、履歴書のPRの部分にもそう書いた。なのに面接をしてくれた、私と同じ年ごろの店長は頭を掻きながら、「女の人にはなるべくホールに出てもらいたいんだよね」と言った。

 どうしてですか、と質問をするも、要領を得ない。ホールにでかくて愛想のない男がいたら食欲減退するでしょう、と言われた。

 面接は、混雑していない時間、店舗の隅の席で行われた。ぐるっと見回すと、確かにホールでお客さんへの提供を行っているのは、年代は様々だが、女性ばかりだ。愛想よく笑って、常連らしいおじいちゃん客の話をやり過ごしている。

『愛想のあるなしは、男女によらないと思います。笑顔の素敵な男性だって世の中にはたくさんいますよ? 私は料理を作るのが一番好きで、食べるのが二番目です。お客さんの喜んでいる顔を間近に見られるホールもいいかもしれませんが、やっぱり少しでも「作る」に関わりたいので、キッチンが希望なんですが……』

 と、ひと息に喋ったところで、店長の表情にようやく気がついて口を噤んだ。

 うわ、またやっちゃった。

 いやでもだって、仕方なくない? 男はこう、女はこう、って性別によって決められるのって、女だけじゃなくて、男の人だって辛いこともあると思う。女子が多いクラス編成の中、「男だから、虫だって平気でしょ!?」と、蜂を追い出す係に任命された同級生が、泣きそうになっていたこともあった。 

 呆気に取られていた店長は、咳払いで私の言葉を振り払った。

「とにかく、当店は女性はホールと決まっているので。納得いただけないのであれば、今回はご縁がなかったということになりますね!」

 言葉尻が強い。とっとと帰ってくれというのがまるわかりで、用意されていたグラスの水を一気に飲み干して、「それでは失礼します」と、席を立った。

 ……のが、数分前の話。やらかしはしたけれど、間違ったことは言っていない。たぶん。求人サイトにも、「女性はホール限定」なんてどこにも書いてなかったし、書いてあったとしたら、プチ炎上くらいするだろう案件だ。あんな店で働いていたら、女だからとあれこれ雑務を押しつけられたに違いない。ぞっとする。

 しかし困ったな。一番条件がよかったファミレスが、これでつぶれてしまった。他にも二件、同じグループの店舗は市内にあるものの、距離が遠いし、同じ経営方針である可能性が高い。

 いっそのこと、本部にクレームを入れた方がいいんだろうか。

 なんてことをぐるぐると考えていたら、お腹が鳴った。面接前に軽く食べていたけれど、怒りでエネルギーを消耗したせいだ。燃費の悪さに、我ながら笑ってしまう。

 場所は五稜郭。市内で一番の歓楽街だ。

 高校時代は、放課後にここまで来るのが大変だったから、制服でプリクラ~、とかはなかったけれど、休日に待ち合わせをして遊びに行くのは、大抵五稜郭だった。100円ショップも本屋もゲーセンも、市内唯一になってしまったデパートも、全部この街にある。

 何を食べようかな。今の時間なら、どこの店も空いているだろう。せっかくなら個人の飲食店を開拓して、そこが美味しかったら、「キッチンで働かせてもらえませんか?」と、交渉してみるのはどうだろう。和、洋、中、どれも捨てがたい……食べるよりも作る方で。

 うーん、と唸りながら通りかかった店は、残念ながら食べ物を出す店ではなかった。ガラス張りの扉の前には、いろいろな物件の間取りが貼られている。不動産屋だ。見るとはなしに見て、東京時代に自分が住んでいたのと変わらない広さのワンルームマンションの家賃が、半額くらいであることに驚いた。地元の家賃相場なんて、気にしたことがなかった。

「一か月四万円なら、先に引っ越して自分を追い込むのもアリか? あ~、でも家電とかそろえなきゃなのか。それはお金がかかるなぁ……慰謝料、なるべく使いたくないよなあ……」

 女のひとり暮らしだから、セキュリティはきちんとしていた方がいい。少なくとも二階以上で、できればオートロックのマンションで……。

 間取りを見るのって、いろいろ想像できて楽しい。ファミリー向けの分譲マンションなんて、私だったらこんな風に暮らしたいな、という夢があるから好きだった。まぁ、そのときは結婚するつもりでいたから、だけど。

 不動産屋が扱うのは、一般の賃貸マンション・アパートだけではない。函館では必須の自動車を止める駐車場(ちなみに私はペーパードライバーだ。練習しないとなあ……)や、事務所用の物件、飲食店の居抜き物件なども取り扱っている。

 不景気で、撤退する店も多いんだろうなあ……と眺めていると、不意に中にいる男性と目が合った。これもまた、ファミレスの店長と同じく、私と同世代の若い男である。

 立ち上がって外に出てこようとするので、慌てた。お客だと思われている。違うからといって走って逃げるのもおかしな話で、あわあわしているところに声をかけられる。

「もしかして、雨宮さん? 雨宮、まひる?」

「え、あ、そうですけど……なんで、私の名前」

 背が高く、笑顔も爽やかな好青年然とした人物に、知り合いはいないはず。でも、はっきりと向こうは私の名前を呼んだということは、絶対に知り合いのはずなのだ。目を凝らしても記憶は蘇らず、相手は一生懸命に思い出そうとする私に、苦笑を浮かべた。

 俺はだいぶ変わっちゃったからなぁ、と言った彼の胸元には「佐藤さとう」という、これまでの人生ですべてのクラスで同級生であった可能性がある、特徴のないネームプレート。

「俺だよ。佐藤。佐藤陽太ようた。高校、一緒だったでしょう?」

「え? あ、あー……! 陽太……!?」

 フラッシュバックするのは、眼鏡と前髪で素顔を半分隠した、無口な少年だった。学ランよりもジャージを着ている姿がパッと浮かぶのは、彼が陸上部員で、クラスが違う私と挨拶をするときには、たいてい朝練終わりか放課後の部活動に向かう前だったからだ。

 まじまじと彼の顔と、不動産屋の店構えを見比べてしまう。

 まさかあの陽太が、窓口対応をしているなんて。相談に来た人の話を聞き、具体的な提案をして、っていう仕事でしょう。

 陽太にできるの?

 私の驚きや戸惑いを、彼は正確に感じ取って笑った。それから振り向き、「店長! 俺、昼まだなんで行ってきていいですか!」と、大きな声で叫び、許可をもぎ取った。

「ここで会ったのも何かの縁だから」

「でも」

「それともお腹、あんまり空いてない?」

 お腹の虫っていうのは、返事をしなくていい場面でなぜか騒ぎ出すものだ。この身体の持ち主である私がお喋りだからって、そんなところまで似なくていいのに。

 真っ赤になった私に微笑み、陽太は「行こ。美味い定食屋があるんだ」と、促した。

第一話④

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