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<4話
いやあ、本当にすまなかった、と牛島とオネエは謝罪して、貴臣の処女は危機一髪のところで守られた。ほっとしたがまだ媚薬の効き目が残っていて疼く身体をどうすることもできずに、貴臣はシャワールームで牛島のなすがままになっていた。
三度射精に導かれ、シャワーで残っていたオイルもすべて流した結果、ようやく性的衝動は収まった。貴臣にバスローブを着せ、タオルで髪の毛を優しく拭きながら牛島は、「本当にすまなかったね」ともう一度言った。
「いえ、もう……」
貴臣の鞄の中で、携帯が震えた。失礼、と断ってトークアプリを開くと、マネージャーからの謝罪だった。
『ごめんなさい! 私、階間違って教えてた!』
返事をする気にもなれずに既読スルーをすると、牛島はいいのかい? という目で貴臣を見た。首を横に振った貴臣に対して牛島は説明をする。
「まぁもうわかっていると思うけど、ここはスタジオでさ。いかがわしい撮影をするときに使うの。今日はオイルマッサージに来た男の子が媚薬オイル使われて、悔しいでも感じちゃう! って感じのゲイビデオの撮影」
「……ですよねえ……」
奇妙な偶然のせいで、貴臣は出演する男優と間違われたのだ。貴臣はエステに来たつもりでいたし、牛島たちはそういうシチュエーションのポルノを撮ろうとしていた。
完全に素の反応だったから、きっと狙いどおりの映像が撮れたのだろうな、と思ったけれどデータは勿論消してもらった。オネエの方は残念そうな顔を見せたが、牛島は誠実だった。
すっと貴臣の前に名刺が出された。
牛島達樹。初めて貴臣は牛島のフルネームを知った。
「何か困ったことがあったら、この店においで」
ゲイバーだけど、だいたいここにいるから、と牛島は優しく微笑んだ。
まるでそのうち、困ったことが起きることを予見しているかのように。
名前を二度呼ばれ、ようやく貴臣は自分のことだと気が付いてはっと顔を上げた。目の前には気心知れたマネージャーの酒井がいて、唇を尖らせている。そんな姿も様になるから「酒井さんがアイドルやればいいのに」と言ったら「そんな度胸も愛嬌もないわよ。年もね」と一蹴された。そういえばこの人は何歳なのだろう。聞いたことがない。
「もう、またぼんやりして!」
「あ……すいません」
デビューしたてのときから自分の世話をしてくれている酒井は他にもマネジメントしているタレントがいるにも拘わらず、貴臣を一番に応援してくれている。本人の口からきいたことはないけれど、一緒に飲みに行ったりとかあれこれ話をしたりとか、そういう時間が多いから、貴臣はそう信じているのだ。
「次のオーディションはこれ。これまでのクールな路線からちょっと外れて、可愛くて爽やかな感じのキャラで攻めていきましょ」
渡された紙には清涼飲料水の新しいCMのイメージキャラクターのオーディションと書いてあった。このブランドのこの商品は、だいたい若い女性が務めていたような気がするのだが、路線変更でも狙っているんだろうか。
「……可愛い……かぁ……俺可愛いです?」
「そりゃあもう」
今演じている深夜の大人向け特撮ではセクシーでワイルドでミステリアスな青年という役柄で、昴演じる天使のような主人公とのバランスを取っている。
「顔は可愛い系とは言えないかもしれないけど、笑うと可愛いし、素のあなたを出せば間違いなくいけるわ! すーちゃんすーちゃんって言ってるときの顔出せばね!」
酒井のこういう場合の勘は間違いなく当たる。けれどなんとなく乗り気がしないのは、可愛いという言葉に引っ掛かりを覚えたからだ。
「可愛い……」
酩酊したような霞がかった意識の底で、甘く「可愛いね」と何度も囁かれた記憶が呼び起されて、貴臣は再びぼんやりとその夢に浸り始める。だが酒井はそれを許さずに、「だからしゃんとしろって言ってるでしょ!」と貴臣の背中を力任せに叩いた。
>6話
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