孤独な竜はとこしえの緑に守られる(8)

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7話

 白いシャツだけで何種類もあり、ベリルは触って比べてみるも、まるで違いがわからない。事故に遭ったときには、擦り切れたボロボロの布を纏っていただけだという話だから、シルヴェステルが心配して、必要以上に用意させたのだろう。

 スラックスも色、素材、光沢や些細なデザイン違いで何本も用意されている。ペアになるベストやジャケットを探すこともできないし、タイも多数ある。

 とっかえひっかえハンガーから外した服の山に埋もれて、ベリルは途方に暮れた。

 着替えすら、まともにひとりでできないなんて。自分を望んだシルヴェステルに、申し訳ない。

 後宮に入れと言われたときには、正直戸惑った。記憶喪失でも、国王の妻たちが暮らす宮という知識はあった。世継ぎを産むための場所でもある。そこに王以外の男はいらない。無用な混乱を生むからだ。

 今もまだ、妃として何をすべきかはわかっていないし、求められても困る……という感想は拭えない。

 それでも、自分はシルヴェステルについて行かなければならないことだけは、わかっていた。

 美しい男に一目惚れをした、わけではない。そんなに単純な話ではない。とにかくこの男から目を離してはいけないと感じた。シルヴェステルがともに来いと言わずとも、クーリエ子爵の好意を蹴って、無理矢理でも彼についてきたに違いない。

 何のために?

 おそらくわかるときが、来るだろう。自分のやるべきことも、そのときに。

「ベリル……ベリル!」

 必死に名前を呼ぶ声に驚き、目を冷ました。

 旅の疲れは一晩では取れず、豪華衣装の波間でうとうとしてしまっていたらしい。慌てて衣装部屋を出ると、シルヴェステルは髪を振り乱し、家具をすべてひっくり返しそうになっている。

「俺はここです!」

 叫び声に、ベリルの姿をようやく認めた彼は、「ああ」と、安堵の息をついて、ずいずいと近づいてくる。自分より頭ひとつ以上大きな男が急接近してくるのは、思った以上に威圧感がある。無意識にのけぞってしまったベリルの身体を、シルヴェステルは引き寄せた。

「よかった。どこかにさらわれたかと思った」

 俺なんかさらうのは、よっぽどの物好きでしょうね。

 言いかけて、今の自分は正式披露はされていないものの、竜王の妃なのだと思い出した。誘拐されて、彼に対する交渉の切り札にされる可能性はゼロではない。

「ごめんなさい。誰も来なかったので、着替えを探していました」

 正直に困っていると伝えると、子供にするように頭を撫でていたシルヴェステルの顔色が一変した。ベリルが寝間着のままだということにも、ようやく気がついたようだ。

 優しかった目に剣呑な光が宿り、遠くにいる獲物を見つめるような目つきになる。

 怖い。

 そう思ったが、標的は自分でないことが明白なので、ベリルは黙って彼に抱きしめられたままでいる。怯える必要は、どこにもない。

「愚か者どもめ」

 ぽつりと零した声には、怒りとともに悲しみも滲んでいる。ひょっとすると、自分の世話を命じたのは、侍女たちの今後を左右する試験のつもりだったのかもしれない。だとすれば、この聡明な王は、すでに策を打っているに違いない。早晩、新しい世話係がやってくるだろう。

「あの、陛下」

「どうした」

 彼のジャケットの裾をおずおずと引けば、見る者すべてを魅了する笑みを投げかけられる。甘く蕩けそうな視線に恥ずかしくなったが、ベリルはじっと彼を見上げて言った。

「服がたくさんありすぎて、何をどう着たらいいのかわかりません。いくつか組み合わせてくれませんか? そのまま着るので」

 頼られたことで、すっかり気をよくしたシルヴェステルは、ベリルの肩を抱いたまま、衣装部屋へと戻った。

 そこから一時間以上、朝食の席に現れない二人を探しにきたカミーユに怒られるまで、着せ替えショーは続いたのだった。

9話

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