花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(5)

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(4)

 イザヨイとその分家の一族は、遠い昔、東の海に浮かぶ島国の王の一族だった。

 内乱か、災害か。とにかくその国がほろび、命からがら辿り着いたガートゥン王国。王家の人々に快く受け入れられ、イザヨイ一族はこの国に根付いた。

 長い年月の間には、ガートゥンの貴族たちとの混血が進み、もともとの特徴が薄れていく。金髪はほとんどいないが、明るい茶色や赤みがかった髪の毛の人間は多かったし、目の色も同様だ。

 そんな中で、アズマは先祖返りとでも言うべき、桎梏の髪の毛と、同じ色の目を持って生まれた。

 アイデンティティを故国に求めるイザヨイの人間は、アズマのことを歓喜をもって迎え入れた。成長するにつれて、凛々しく涼やかなものになっていく顔立ちも、絵姿で見た先祖とよく似ている。

 しかしそれは、ガートゥン王国の人々から見れば、異端であった。長くイザヨイらしい顔立ちの人間は現れていなかったため、周囲からは侮られ、時に恐れられることもあった。

 自分を生んだ母親は、金髪に青い目をした、いわゆるガートゥンでは王道の美形とされていた女性だった。彼女は黒髪に黒い目の息子を産んでしまったことを気に病んで、身体を弱らせ、死んでしまった。

 現在、イザヨイ伯爵夫人として立つのは後妻で、弟とアズマは腹違いの兄弟であった。家族仲がよいことだけが、救いであった。

 ――アズマが八歳のときのことである。

 伯爵以上の家の子どもが城に集められた。当時、六歳になったばかりのリカルドの学友を選ぶための園遊会である。もちろん、子どもだけで登城するわけにもいかないから、その保護者も多く集まり、そちらはそちらで、交流をしているようだった。

 だだっ広い会場で、アズマはひとり、立ち尽くしていた。

 もとより、友人はいない。アズマと遊んでくれるのは、分家の子どもたちだけで、彼らは皆子爵以下の序列であり、この場にはいない。

 一度、二度会ったことのある子どもたちはいるが、名前は知らない。いつも嫌な目を向けられるばかりで、両親は他の貴族から招待を受けたときには、アズマを置いて行った。

「おい、アズマ・イザヨイだろう、お前」

 けれど、向こうは一方的にこちらのことを知っている。ガートゥンには存在しえない色彩の子どもということで、悪名高かった。

「……なんでしょうか」

 加えて、アズマの子どもらしくない達観した態度が、彼らの稚気ちきさわった。同じくらいの背格好なのに、どこか違う。違うものは、排除しなければならない。つくづく、馬鹿らしい思い込みである。

 アズマはその当時も、今も、ガートゥン王国民であり、王の忠実なしもべであったのだから。

 ぐい、と強く髪の毛を引っ張られた。問題がなければ、長く伸ばして括るのがイザヨイ男子の決まりだ。むずがったり、やんちゃをしてひっかけたりすることもあるため、当時は肩の辺りで切りそろえられていた。

「痛いっ! やめて!」

 文武両道、独特な剣術を習いとする家の方針にのっとって、アズマは八歳ながらに剣を握っていたし、日々の鍛錬を欠かしたことはない。一対一ならば、負けるつもりはなかったが、多勢に無勢だ。

 それに、中心になって自分をいじめているのは、確かどこぞかの侯爵の息子だ。アズマと同い年で、いわばガキ大将として、子どもたちの上に君臨している。

 そんな相手を叩きのめしたらどうなるか。わからないほど、アズマは愚かではなかった。

 両親に迷惑がかかる。それに、生まれて間もない弟にも。せっかく弟は、自分と違ってガートゥンらしい、くすんだ金髪だったというのに。

「本当に痛いんだ! やめて!」

「うるさい! 悪魔!」

 想像上の生き物でしかない、その名称。

 アズマももちろん、教訓的な物語の絵本でその姿を見たことがある。それはたいてい、黒い髪で描かれていた。他にも、耳がとがっているだとか、禍々しいくらいに鋭く伸びた牙があるだとか、どうやって物を持つのか不思議なほど爪が長いだとか、いろいろな特徴があるにも――むしろ、後者の方が強く印象に残るにもかかわらず、「髪が黒い」ただ一点で、アズマは悪魔呼ばわりされた。

 ショックだった。何も悪いことをしていない。些細ないたずらは、好奇心に負けてやってしまうことがあるし、失敗も多々ある。いずれにせよ、今こうして自分をいじめている子どもたちに対して、アズマは何もしていない。

 見た目だけで、いじめられる。イザヨイの血は、よそ者の血だから。両親がその場にいればすぐに止めに入ってくれただろうに、たまたま折悪しく、懇意にしている家の人とでも話し込み、どこか離れた場所にいるのだろう。

「やめて! やめて!」

 父からは、「イザヨイ本家の男が簡単に泣くものではない」と、厳しくしつけられてきた。物理的な痛みにだって、鍛錬で慣れているから、普通の子どもよりは強いはず。

 なのに、このときのアズマは涙腺を制御することができなかった。誰も助けてくれない。皆が自分のことを、悪魔だと思って嫌っている。嫌だ、怖い、誰か助けて……。

 せめて声は抑えよう、無様な嗚咽なんて漏らすものかと必死に耐えているアズマの周りを取り囲む子どものうちのひとりが、突然突き飛ばされた。途端に視界が開ける。

「なにをしているの?」

 天使の声だと思った。ベルを鳴らしたときみたいに、澄んだ音が意味を伴って、アズマの耳に、脳に届く。

「り、リカルドさま……っ」

 太陽の光に照らされ、キラキラと輝く金髪。明るい青の瞳。ガートゥンで一番好ましいとされる容貌をした、美しい子ども。

 少年は、その年に似つかわしくない冷めた表情で、アズマをいじめる子らを見つめていた。

「ちゃんとこたえてよ。なにを、しているの?」

 確か、アズマが囲まれる前は、リカルド王子は親族にあたる公爵家の子どもたちと談笑していたはずなのだが。

「や、やだな。遊んでただけですよ。なぁ?」

 アズマと同い年の少年が、愛想笑いとともに、こちらに同意を求めてきた。こんな場所で面倒を起こせば、今回の催しの最大の目的である、リカルド殿下のご学友からは完璧に外されてしまう。幼心にまずいことになったと気づいている顔で、「わかってるよな?」と、肘で突いてくるのを無視して、アズマは訴えた。

「みんな、私がこの場にふさわしくないと思っているのです。黒い髪の私が、悪魔だから、城に入ってはいけない、と」

 もしもリカルドが、彼らと同じ精神の持ち主であったのなら。

 考えなかったわけではない。笑われ、さらにひどいいじめに遭う可能性もあった。

 けれどアズマは、リカルドの顔を見て、この人を信じようと思った。

 イザヨイの魂に刻まれた奉公の精神が、そうさせたのかもしれない。けれど、まぎれもなく自分の意志で、この少年を信じ、ついていきたいと思ったのも事実。

 果たしてアズマは、賭けに勝った。

「悪魔? 悪魔だって? 君たち、そんなものを信じているのか?」

 あはは、と大きな声で笑いだしたリカルドは、注目を集める。子どもだけではない。その親も、何事かと目を向ける。その中には、ようやく戻ってきたアズマの両親もいて、息子が王子の傍にいることに気づき、すっ飛んできた。

「殿下。うちの息子が何か……?」

 王家に誠心誠意仕えている父は、ここで息子が王子の不興を買ったとなれば、とんだ不始末であると青ざめていた。彼の心配は、もちろん杞憂である。

「だいじょうぶ。イザヨイ伯爵。伯爵の子は、悪くないよ。だからそんな顔しないであげて。この子が不安になっちゃう」

 リカルドは大人相手にいっぱしの口をきく。この年頃の子どもに年齢による序列はあってないようなものとはいえ、彼の口調はあまりにも尊大で、だからこそ王族なのであった。

 そして彼は、アズマに手を伸ばした。

「いこう。こんなところにいたら、気分が悪くなるからね」

 リカルド様、リカルド様! と、謝罪のきっかけを求めてまとわりつく連中を、全員袖にしたリカルドは、アズマただひとりを連れて、園遊会会場である庭園を離れ、城の中へと入っていく。

 ずんずんと進む彼に手を掴まれたまま、アズマはついていくしかない。初めて入った王宮内部を、物珍しくきょろきょろと見回す余裕すらなく、連れてこられたのは王子の自室であった。

「そこ、座って」

「でも……」

 いいから、と強く言われ、部屋に備わっているソファにおずおずと腰を下ろした。家にいるときよりも行儀よく、決して背もたれに身体を預けず、ピンと背筋を伸ばして緊張していた。

 そんなアズマを後目に、リカルドは衣裳部屋の中へ入り、ああでもないこうでもない、ぶつぶつと何か言いながら、探し物をしているようだった。ひとりで座っているだけなのも、なんだかおかしな気分で、「お手伝いしましょうか?」と言うべきか悩んでいると、「あった!」と、嬉しそうな声が届いた。

 彼が持ってきたのは、リボンだった。金色で、表面がざらざらしていて、輝きが強い。何かのプレゼントについていたものを、きれいだからと言って、取っておいたのかもしれない。アズマの継母も、そういうところがあった。

「これ、あげる」

「え?」

 隣に座ったリカルドは、引っ張られて散々な目に遭ったアズマの髪の毛を、優しく丁寧に指で梳いた。柔らかな手つきに、心臓がなんだか、痛くなる。

 病気かもしれない。もしかしたら、王子様にうつしてしまうかもしれない。

 自分の身体がおかしいと思ったアズマは、距離を取ろうとソファの端へと移動するのだが、リカルドはついてくる。気づけば、立ち上がれないように、がっちりとガードされていた。

「ぼくはきみの、黒い髪も目も、好きだよ。きれいだと思う」

 誰よりもきれいな男の子が、アズマのことを褒めちぎる。

「夜って真っ黒だろ。でも、だからこそお月様やお星様が、きれいに見えると思うんだ」

 これは、お月様の色!

 金色のリボンを指し、彼は笑った。動けなかった。抵抗する気力はなくなった。

 彼が慣れないながらも、アズマの髪の毛をリボンで結んで、「ほら、似合う!」と言ってくれたとき、泣きそうになった。

 もしもこの髪や目が、光をより輝かせる効果があるというのなら、自分は一生を、この小さな王子殿下に捧げたいと、人生の目標を決めた。

 ……アズマはあの頃から、リカルドにひたむきな愛情を向け続けている。彼が花食みで、結ばれるべきは花生みだとわかってからも、自分では彼を幸せにすることができなくとも、リカルドの幸福に寄与するためならば、この気持ちを押し隠してみせる。

「もしも殿下が、エリオットを選ぶというのなら……」

「ん?」

 殴られ、腫れた顔を手当してくれていたシノブが、独り言に反応をした。なんでもないとアズマは言い、唇の端が引きつって痛んだ。

 もしもそれが彼の幸せだと言うのなら、アズマは反対しない。偉大なる百花王のつがい花としての教育を施し、歪んだ価値観や選民意識をこてんぱんに叩き直すつもりでいる。

 だが、できればあの少年だけは選ばないでほしい。

 アズマがリカルドの幸福な行く末を、祈ることができなくなってしまうから。できれば他のふたりの方がいい。

 何事もリカルドの意見を優先するアズマが、彼の意志を無視してでもやめさせたいと思うのは、初めてだった。

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