花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(8)

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(7)

 アズマは定期的に城を訪れ、宰相たちに対の花候補の報告をすることになっていた。候補者三人との交流を行ったところで、分厚い報告書をしたため、机の上に置く。

 清書は、いやいやながらシノブも手伝ってくれた。何度も逃げようとしたのを、首根っこを捕まえ、椅子に座らせて、という無理矢理ではあったが、最後まで付き合ってくれた。

「君は本当に、真面目な男だな……」

 わずかに顔を歪めた宰相と、彼の手元から紙束を奪い、我先にと確認をし始める内務大臣が対照的であった。

 赤い顔をして興奮していた内務大臣は、とあるページで手を止め、「エリオット様ではなく、教師の息子なんかと?」と、にわかには信じられないという表情を浮かべ、アズマに確認を取った。

「はい。もちろん、リカルド様のお気持ちが一番大切ではありますが、私の見たところ、テオのことを一番気に入ったのは、間違いがないかと」

 ショーンとも相性は悪くなかったが、内緒話をするくらい仲良くなったテオが第一候補であろう。大臣の口から出たエリオットは、万が一にもありえない。

 彼はリカルドという人間ではなく、百花王という存在としての彼しか見ていない。もっと言うなら、その隣に立ち、思うがままに振る舞う自分自身の姿しか。

「いくら国政に関わらないと言っても、いいえ、国の来し方行く末を象徴する百花王のパートナーであるからこそ、人品卑しからぬ人物を選ぶのは当然かと」

「それではまるで、エリオット様が卑しいと言っているも同然ではないか!」

 ああ、そういえばこの人はエリオット・ウィンプの遠い親戚であったな。

 代々内務部を牛耳るウィンプ一族は、リカルドの誕生から間を置かずに生まれた花生みを、必ずや百花王のつがいにしようと躍起になっていたのだ。

 そもそもこの場所に、候補者の身内がいること自体を問題だと思わないあたり、宰相の采配の是非が問われる場面である。

 胡乱な目を向けられた宰相は、咳ばらいをした。

「そうはいっても、エリオット・ウィンプは侯爵家の息子だ。貴族としての立ち振る舞いがわかっている人間の方が、リカルド殿下もやりやすいのではないか?」

 アズマは首を横に振った。この人たちは、リカルドのことも、百花王のことも何もわかっちゃいないのだ。

「殿下は打算でお相手を選ぶような方ではありません。それに、百花王の意志を曲げて他の相手とつがわせることは、不都合が出る。歴史が証明しておりますよね?」

 これまでにも、「我が子や孫を、花の館に!」と、花生みを送り込み、あの手この手で正常な手順を妨害してまで、その座を射止めようとした家はあった。端的に言えば、候補者の暗殺だ。時の百花王が愛した人間を殺し、その後釜へと据えた。

 その結果、何が起こったのか。

 端的に言うと、春が来なかった。ずっと雪雲が立ち込めて、毎日を凍えながら過ごす羽目になった。ここでまた、歴史を繰り返そうと言うのなら、アズマは黙っていない。

「しかしだね」

 なおも言いつのろうとするふたりを、典礼大臣が諫めた。

「迷信などではありませんよ。いくつもの気象記録や人々の日記が、その頃の国が雪に閉ざされていたことを示しています。私は、アズマ殿の意見に賛成です」

 味方をしてくれた大臣には礼をして、アズマは再び、宰相に向き直った。

「皆さんが何を不安に思っているのか、重々理解しております。彼が庶民であること、それが最も気がかりでございましょう?」

 まあまあ、と煮え切らない態度の宰相と、完全にふてくされて話を聞こうともしない内務大臣。後者はもはや、相手にするのも馬鹿らしいと、アズマはその後の言葉を紡いだ。

「テオは素直で賢い少年です。しっかりと教育を施せば、リカルド殿下に迷惑などかけません」

 そう請け負ったアズマは、宰相たちにふさわしい教師を派遣してもらうつもりでいた。

 籍を抜けるとはいえ、リカルドは王族だ。百花王として、人々から尊敬を集めなければならないし、その隣に立つ花生みも、相応の教養や礼儀を知らなければならない。それから、この国の歴史や地理について。最も重要な儀礼については、典礼大臣がすでに適当な人物を選んでいるはずだ。

「つきましては……」

 アズマの要請は、最後まで聞いてもらえなかった。

「全部君がやればいいじゃないか。剪定師とは、そういう役目も果たすんだろう?」

 遮ったのは、内務大臣である。

「それは……」

「君が、自分こそがふさわしいと言い、殿下が許可を出した。ならば、最後まで責任を持つべきじゃないかね?」

 そう指摘されると、ぐうの音も出ない。アズマは唇を噛んだ。

 自分はリカルドの、たったひとりの剪定師である。花生みたちを見守り、導くことを求められる役割だ。

 ただ、アズマはまだ若く、彼らの先輩となれても、教師となるといささか頼りないと自覚している。だから、もっと経験豊富な教師役を呼びたかった。

 もちろん、専門家を呼ぶことは、常に推奨されている。どれほど経験豊富な人間であっても、すべてを背負う必要はない。

 だが、内務大臣はひとりでやれと言う。できるだろう、と挑発する。啖呵を切って、役割を分捕ったのは貴様だろう、と。

「君は伯爵……いや、正しくは元伯爵家の人間であったな。その程度の身分で、果たして百花王のつがいを立派に教育することができるかね?」

 最初から、侯爵家の息子――エリオットを選べば、そんな煩わしいことはしなくてもいいのだぞ、と彼は笑う。完全に、八つ当たりだ。彼に同意を示しているらしい宰相も、情けない。こんな連中に、この国は動かされているのだ。

 唯一の救いは典礼大臣であり、「礼儀作法はどうにかなっても、儀礼については私どもでなければ、おぼつかない部分もありましょう」と、教育の一部を負担してくれて、安堵した。

 アズマは敵と認識したふたりのことを睨みつけて、恭しくお辞儀をした。

「それではこのアズマ・イザヨイ。テオを百花王のつがい花としてふさわしく、教育すること、承りました」

 できる限り、慇懃無礼だと内務大臣が怒りだすギリギリまで、余裕のあるポーズを崩さなかった。

 退出すると、アズマはすぐに「シノブ」と、視線をやらずに呼びかけた。

「はいよ」

 どこからともなくやってくるシノブの言葉こそいつも通りの軽いものであったが、声は硬い。公私をしっかりと分けられる男だからこそ、アズマは彼を信用している。

「内務大臣と宰相、それからウィンプ侯爵家の裏の情報を、ありったけ」

「御意」

 その返事は、王家の方々に対してのみにしろ、と注意をしようとしたところで、シノブの気配はすっかり掻き消えていた。




「それで、僕の教育係をすることになったんですか」

 翌日、呼び出したテオは、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 アズマは包み隠さずに、「現状、君が対の花の最有力候補である」と告げた。驚いたり喜んだりするかと思ったが、テオはただ、「そう見えるんですね」と、どこか冷静で他人事である。

 拍子抜けしたアズマは、咳ばらいをして気を取り直す。

「そうだ。とはいえ、私もいち伯爵の息子でしかないし、うちは武の一門だったから、勉強しながらになるかもしれない。本当は、もっとふさわしい人間を呼びたかったのだが……」

 内務大臣のせいで、探せない。いつの間にか根回しが済んでおり、アズマがこっそりと持ち掛けても、断られてしまった。そもそも、年若い時分の伝手などたかが知れている。

 溜息交じりに「すまない」と謝罪をしたアズマに、テオはのほほんと言い切った。

「大丈夫ですよ。僕が百花王の対の花になるかどうかは置いておいて、僕、勉強は好きですし。一緒に学んでいけばいいんです」

 彼はいまいち、自分が現在どういう立場にあるのかを理解していない。

 無理もない。去年、一昨年の花生みたちとの面会や交流のとき、リカルドがどんな態度を取っていたのか、知らないのだ。今年はきちんと、顔を見て自分の言葉で話しているのだから、マシな方である。リカルドも最高学年として、来年には百花王になる身として、自覚が芽生えてきたのだろう。

 ここでアズマが、「間違いなく君に決まると思う」と言えば、余計なプレッシャーになるかもしれない。黙っておいた。

 それからは毎日、放課後にアズマはテオとの勉強会を開いた。教師と生徒と言うよりも、同じ目標に向かって努力する同志のような気持ちであった。

 テオが授業を受けている間、アズマはひとり、図書室にこもって予習をする。ときには、前日に受けてその場で答えられなかった疑問の解決のため、有識者のもとを訪ねて教えを乞う。

 それもこれもすべて、テオのため、ひいてはリカルドの幸せな生活のためであった。アズマ本人が、胸を張って教えられるのは武術だけだった。

 テオに授けなければならないのは、長物を振り回す技術ではなく、気品よく見える立ち方や歩き方、テーブルマナーに国内外の賓客の知識と相手の仕方である。どれもあまり得意ではないが、一生懸命にこなした。

「遅れてすまない」

 今日も、大学の教授を務める人物のところに話を聞きに行っていた。彼の講義はあまり人気がないらしく、外からやってきたアズマを、快く受け入れてくれた。自分の研究成果を若い人間に言って聞かせるのが嬉しかったのか、予定時間を過ぎても、彼の口は止まらなかった。

 息を切らして帰ってきた学園、剪定師に割り当てられた一室に駆けこむと、二組の目がこちらを向いた。

「あ、お帰りなさい、アズマさん」

「お帰り、アズマ」

 呆気に取られていたアズマは、ハッとして頭を下げた。それから、急いで帰ってきたせいで乱れた髪の毛を撫でつける。束ねているところから、短い毛がぴょこりとはみ出し、全体的にぼさぼさした印象になっているだろう。

「リカルド殿下に、百花王のことを教えていただいておりました」

「そう、か……」

 花食みであると判明した時点から、次代の百花王となるべく教育を受けてきたリカルドは、適任だ。アズマのように上辺だけでなく、もっと真に迫った話が聞けたからか、テオは嬉しそうだった。ちらりと覗いた帳面は、びっしりと文字が書かれている。

「いつも大変だな、アズマ」

「いえ、これが私の役目ですので」

 背筋をしゃんと伸ばすと、余計に髪や服装に乱れたところがあるのが気になる。立ち上がったリカルドが近づいてくるので、不自然にならないように距離を取るべく、一歩、二歩と後ずさった。

「どうだろう。俺が教えられることであれば、代わりに俺がテオの教育を任されても?」

 それは、と言ったきり、アズマは黙ってしまった。

 テオにとっても、その方がいいだろう。何よりも、将来の伴侶と過ごす時間は長い方が、円満な関係を築くことができる。

 けれど、アズマの胸中は複雑であった。自分では力不足であると言われているような気がして、あるいはテオと過ごしたいのにお前は邪魔だと言外に疎まれているような気がして。

 アズマの戸惑いを、リカルドはきちんと理解し、いたわってくれる。

「君が頑張っているのは知っているよ、アズマ。頼りにしてる。でも、俺だって君が大変なら、助けたいんだ」

「殿下……」

 考えておいてくれ、と言い置き、リカルドは部屋を出て行った。アズマはその背中を呆然と見送る。

「アズマさん?」

 テオに声をかけられて、気を取り直した。

 リカルドのことは今は頭から追い出して、集中しなければならない。

 テオを立派な対の花……もっと一般的な、俗っぽい言い方をするのなら、百花王の花嫁にすべく、やらなければならないことはごまんとあるのだから。

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