<<はじめから読む!
<(9)
ピアナがナパールの村に滞在するようになって、しばらく経つ。
レイニはホムラが彼女と出くわさないように細心の注意を払っているが、それでも時折、顔を合わせることはある。
レイニは何度も拒否しているはずだが、ピアナは結婚を諦めていない。
おそらくそこには、彼女の父とレイニの父、お互いの部族の族長同士の思惑があるのではないかと考えられる。
ピアナは、レイニに世話を焼かれて平気な顔をしているホムラに、面と向かって慇懃な口調で苦言を呈する。
「ナパールの精霊様は、おひとりでは何もできないのですね」
その度に、レイニに厳しく叱責されて肩を竦める。
「いいですわ。私の力、すぐに認めてもらいますので……」
苛烈な性格と顔立ちの彼女に、不敵な笑みはよく似合った。ホムラどころかレイニすら何も言えず、不気味な悪意に似たものを感じて、顔を見合わせあった。
その翌日である。
ホムラの庵に走ってやってきたのは、子どもたちではなく、レイニでもなかった。従者として何度も顔を合わせた青年は、あまりにも急いだせいで、ホムラの前にやってきたときには、咳き込んでいた。
「落ち着け」
彼の背を摩り、水を飲ませてやると、ようやく人心地ついた青年は、「大変です!」と叫んだ。
「ピアナ姫が、精霊様の召喚に成功しました!」
ホムラは、ピアナの実力を見誤っていた。
精霊界に声を届かせ、正確な座標を指定して呼び寄せることのできる御巫は、そう多くはない。
すでに精霊が存在する場所に、新たな精霊が召喚される事例は、これまで聞いたことがなかった。
従者に連れられてやってきたのは、ホムラも召喚された場所である、広場であった。儀式はだいたいいつも、ここで行われる。
いつもよりも露出度の高い民族衣装を纏ったピアナの隣には、小柄な女性体の精霊が立っている。嫌というほど見覚えのある顔に、ホムラは目を瞠った。
「ルル! どうして……」
「あら? 精霊様。こちらの嘘つき精霊と、お知り合いですの?」
ルルに尋ねているのに、ピアナが彼女の前にずいと出てきた。しかも、「嘘つき」という不名誉な形容詞でホムラのことを馬鹿にする。
精霊召喚の儀式は、村人たちにとっては祭りに等しい。美しい御巫が歌い、舞い、精霊の顕現を目の当たりにするかもしれないのだ。ホムラのときもだが、今回も、ほとんどの村人が集まっていた。
嘘つき呼ばわりに、村人たちはざわつく。
「……確かに、今回の精霊様はこの世の者とも思えない美しさだけれども」
ホムラしか知らないときは、精霊も自分たちと似ているのだと、その平凡な容姿に親近感すら覚えていた彼らは、しかし、一度比較対象を見つけると、疑念を抱く。
ピアナの言うとおり、前に召喚された精霊は、偽物なのではないか。
「ピアナ殿! 言いがかりはよしてもらおう。こちらの精霊様は、決して偽物では……」
レイニが庇うと、さすがに自分たちの御巫の意見に賛同する民が多い。そうだそうだ、と靡く人の群れを、ホムラはなんとも言えない気持ちで見つめるしかなかった。
「あら、レイニ様。私、『偽物』とは一言も申しておりませんのよ。ただ、『嘘つき』と」
嘲笑を聞いていられなかった。ホムラは無言で俯く。すると、レイニは徹底的に自分を庇う。
「あの、ホムラ」
ルルは申し訳なさそうな声をかけてきた。わかっている。彼女は何も、悪くない。精霊として、自分の好みの御巫に喚ばれたから、姿を現しただけだ。何も悪くない。
「もしも本当に、こちらの精霊様が水の精霊であるのならば、今この場で、水を出して、操ってみてくださいません?」
安い挑発を、レイニは退ける。
「精霊様を試すようなこと。あなたは本当に、御巫か? 不敬だぞ!」
ここまで激しい怒りを向ける彼を、見たことがなかった。
本物の水の精霊ならば、ピアナの提案はたやすく叶えられること。激高することはない。
だが、あまりの剣幕に、ホムラは思う。
ひょっとしてレイニは、最初から自分が水の精霊ではないと気づいていたのではないか?
だから、全力でホムラの秘密が露見しないようにしているのではないか?
ホムラは、手首の金環を握りしめた。
たとえこの封じがなかったとしても、水を操る術はない。ルルの協力がなければ、ホムラは村人たちの願いに応えることはできなかった。
その協力者も、ピアナに召喚されてしまった。御巫の命令を聞く義務はないが、好意をもってこの世に顕現したわけだから、素直な精霊は、召喚者に対して隠しごとはしない。
ルルの唇が、「ごめん」と音もなく形を変えた。
ああ、わかっている。ルルはひとつも悪くない。
とっくに潮時だったのだ。
「ねぇ、私の精霊様。こちらの精霊は、あなたと同じ、水の精霊なのかしら?」
高飛車な問いかけに、ルルは正直に応える。
「いいえ……彼は、火の精霊。精霊王によって力の大部分を制御されている、下位精霊よ」
>(11)


コメント