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<5話
会話もなく、しばらくウサオは座椅子に座ってテレビを見ていた。病室にはテレビもラジオも何もなく、情報に飢えていたのだろう、じいっと見つめている。一人でいるときにはワイドショーやバラエティ番組はほとんど見ない俊だったから、少し新鮮な気持ちで共にテレビを見つめていた。
「えっ、マジかよ」
芸能人が最近話題になっているミュージシャンの不倫騒動について言及しているが、この人も昔、浮気をしていなかっただろうか。俊はそんなことを考えたが、ウサオはめっちゃ好きだったのに、と呟いている。
「記憶、戻ったのか?」
驚いた俊が尋ねると、「あれ?」という顔をウサオはした。首を傾げてつつ考えて、
「ここに出てる芸能人の名前は思い出せても、自分の名前は思い出せない……」
うんうん唸っているのが少し可哀想だった。余計なことを聞いてしまったな、と思って「悪い」と言うと、口を尖らせたウサオは「別に」と言った。
ふん、と鼻を鳴らすおまけ付きだったので可愛くないな、と俊は思った。そんなに鼻を鳴らしていたら本当にウサギになってしまうぞ、とも。
「思い出せたら、こんなとこ……」
長い足を抱えて、その膝に顔を伏せた。自分のストレスばかり考えていたけれど、自分の部屋に他人を入れる俊よりも、まったく見ず知らずの他人の家に居候をすることになったウサオの方が余程心身に負担がかかるのは当然だった。
家族がいるかもしれない。心配しているだろう。自分のことが何にもわからない不安を抱えたまま、しかもウサオはこの部屋を自由に出ることは叶わないのだ。
俊は、そんなウサオのことを慰めることができなかった。笹川のように頭を撫でることなんて、とてもじゃないができやしない。ウサオがウサギじゃなければよかったのに。
長い耳を見るだけで、ぞわぞわと悪寒が背筋を走る時期もあった。それほど俊は、ウサギを苦手としていた。今だって直視しないようにしているのだ。それが生えている頭に触れるだなんて、とんでもない。
ウサオも俊も何も言わなかった。ワイドショーが中身のないニュースを伝えるだけだ。時間だけが過ぎていく。どれだけ経っただろう。わからない。少し前のドラマの再放送が始まって、終わる。夕方のニュースが始まったところで、二人の間に落ちた沈黙が、破られた。
喋り始めたわけではない。雄弁なのは、ウサオの本能の方だった。性欲ではない。睡眠欲でもない。残るは。
ぎゅるぐぐぐぐぐ……と地響きが起きた。うとうとしていた俊は、地震かと思ってはっと目覚めた。だが揺れている様子はない。では今のものすごい音は一体なんだ、とウサオを見ると、きゅるるるる、と今度はかわいらしい音を立てている。
「……腹、減ったのか?」
こっそりとウサオは顔を上げて、頷いた。ここに来る前に笹川に昼食は食べさせてもらったものの、燃費があまりよくないらしい。
「飯に、するか?」
俊の提案に対して、ウサオは少しだけ嬉しそうに笑った。
飯にするか、と言ったものの、俊は料理ができない。学生寮時代は朝と晩は食事がついていた。昼は学食を利用していた。今だって大学の授業がある日は学食を頻繁に利用している。下手をすると昼だけではなくて夜も。
栄養バランスがよく、そこそこのクオリティの食事を安価で提供している学食は、料理のできない男の一人暮らしにとっては、まさしく生命線なのである。
一人ならば歩いて学食に行って、夕食にすることもできるが、ウサオを連れていくのは無理だ。
――そもそもウサギ型のヒューマン・アニマルって何を食べるんだ?
幼い頃の記憶を呼び起こす。ネコ型は魚や肉、イヌ型は肉を主に食べていた。両者とも、実際の犬や猫が食べてはいけない食べ物(例えば玉ねぎなど)を与えることは避けるべきだ、と書かれていた。
ウサギといえばニンジンか? キャベツ? とにかく野菜を食べさせればいいのか? そういえばどうしても食べたくなって、カレーを作ったときに買ったニンジンの切れ端が、まだ残っている。
冷蔵庫を覗くと果たしてニンジンは、そこにあった。不器用ながら皮を剥いて「はい」と渡すと、ウサオの目が点になった。
「食べないのか? ニンジンよりキャベツがいい?」
キャベツは残念ながら冷蔵庫には入っていない。そういえばリンゴがあったような気がする、と冷蔵庫に戻ろうとした俊を引き留めたのは、ふるふると怒りに打ち震えたウサオの喚き声だった。
「お前は馬鹿か!? 俺はウサギじゃねぇんだから、お前が食うもんと一緒でいいんだよ! ウサギ扱いすんじゃねぇ!」
「でもヒューマン・アニマルの好物って、混ざってる動物の遺伝子に左右されるって……」
「でも俺は違う!」
先天性のものと後天性のものとの違いだろうか。同じ食べ物でいい、と言われてもまともな食事は出てこない。コンビニに行って買ってくるところだが、それも面倒になってしまっている。
「……カップラーメンでいいのか?」
俊が取り出したカップ麺を、ウサオはきらきらとした目で見つめた。ウサギにカップ麺って不健康極まりないな、と俊は思った。
>7話
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