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<9話
はっと目を覚ましたときには、すでに窓の外が暗かった。開きっぱなしになっていた本は、改めてサイドテーブル代わりにも使えるチェストの上に置かれていたし、身体には毛布がかけられていた。
しまった!
居候させてもらうのだから、家事はなるべく自分がやろうと思っていたのに。
慌てて部屋を出ると、早見の声が聞こえた。
「公開延期? なんだってまあ……は? ホラー映画じゃあるまいし」
どうやら、誰かと電話をしているらしい。常とは違う声色を聞き、トラブルの気配を察知して、日高はそっとダイニングに足を運ぶ。
食卓を見て、日高は自分のうかつさに舌打ちしそうになった。
冷凍ミールと家政婦お手製の作り置きとが半々で並べられている。すでに湯気はなく、そのうえ一人分だけだ。早見はとっくに食べ終えてしまっている。
何もすることのない日高と違い、早見は忙しい身だ。食事をゆっくりと摂る習慣はなく、空腹を覚えたら食べる。食への関心や執着は、きわめて薄い。
小説家というのは会社勤めと違い、やろうと思えば際限なく仕事ができてしまう職業であることは、想像がついた。
毎日、規則正しく三食という生活ではないだろう。
「ええ、はい……。本当は嫌なんですけどね、仕方ないです。ええ、わかってますよ。ところで……」
日高をちらちらと窺いながらも、早見は次の話題へとシフトさせる。赤の他人である宅配業者にすら日高の存在を隠したい人だ。業務パートナーである電話口の相手には、なおさらだろう。
日高は音を立てないように気をつけながら、食卓についた。手を合わせて、口の中だけでもごもごと、「いただきます」の挨拶をする。
レンジを使って他人の気配を悟らせるのを恐れ、日高はすっかり冷めてしまった食事に箸をつけた。
「……〆切には間に合うと思います」
一口食べたところで、早見に皿を取り上げられた。彼は通話をしたまま、キッチンへと向かう。レンジの電子音が鳴ったと思ったら、ほかほかに温め直された食事が、再び配膳された。
早見を見上げると、彼はにっ、と笑った。
食事は温かい方が美味いだろう。
そう言っているような顔だが、すぐに真剣なまなざしになると、忙しなくメモを取りながら、通話を続けた。
>11話
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