断頭台の友よ(98)

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97話

 長い祈りが終わり、ようやくオズヴァルトは処刑台への階段を登り始める。一歩一歩、神へと近づく道を踏みしめるように歩く。

 自分の正義に酔いしれる男は、目の前に現れた珍妙な器具を見て、目を丸くした。憧れの処刑人に首を差し出す妄想ばかりしていたに違いない。クレマンは少しおかしな気持ちになって、唇を歪め、音もなく笑った。

 戸惑うオズヴァルトを跪かせ、首を台座に固定する。仮面によって狭まった視界の中、最前列に陣取って、自分の理想を詰め込んだ処刑道具を見つめるギヨタンと目が合った。向こうもそう感じたらしく、クレマンに頷いてみせる。

「な、なんだ、これは……」

 手首も固定されて身動きが取れなくなったオズヴァルトを見下ろす。

 ああ、なんて哀れな男。

 クレマンは観客に背を向けて立ち、これから死出の旅に出るオズヴァルトにだけ見えるように、仮面を取った。彼は憧れの処刑人が自分の親友で、救ってやろうとしていた弱者だと知ると、絶句した。クレマンは屈んで彼の耳元に囁く。

「なぁ、オズ。君は死を救済だと思っているようだけれど、死は死でしかないよ」

 首斬鬼事件に関わることとなり、クレマンが思い知ったのは、死は救いでもなければ、罰にもなり得ないということであった。

 誰かが死ねば、必ず誰かが悲しむ。イヴォンヌの両親がそうであったように、マノンの夫がそうであったように。王都を恐怖に陥れたオズヴァルトの死を、マイユ家の人々はひっそりと悼むだろう。あるいは、この処刑場で初めて彼の姿を認め、惚れ込んだご令嬢なども、涙を流すかもしれない。

 死は悲しみを連鎖させる。ギヨタンの言う「人道的な処刑」などというものも、幻想だ。自分の手で剣を握るか、刃を支えている縄を切り落とすという作業のみになるかの違いでしかない。この手は結局、悲傷を生み出すことしかできないのだ。

「僕も君のこと、本当に親友だと思っていたよ」

 微笑みを浮かべ、クレマンはオズヴァルトに話しかけた。混乱の極致にいるオズヴァルトの頭を押さえつけ、下を向かせた。仮面をつけ直し、クレマンは短剣を使う――正義の剣は長すぎた。縄は太いが、首を斬るよりも簡単な作業であった。

 ぶつり、と最後の繊維が断ち切れた瞬間、それはあっという間に訪れた。

 死。静寂に包まれた死だ。悲鳴すら上げること叶わず、抵抗もなく、あっさりとオズヴァルトは死んだ。首が離れる瞬間、彼はこれまで己が与え続けてきた痛みを感じただろうか。

 群衆は、建国以来最悪の殺人鬼の最期に、拍手喝采した。見世物小屋の主人になったつもりで、一礼をしたい気持ちになったが、クレマンはじっと落ちた首を見つめるにとどまった。拾い上げ、親友の最期の顔を見る。

 ああ、やっぱり救いなんてありはしなかったのだ。

 首斬鬼の被害者が笑っていたのは、彼の手によるものだったのだ。

 突然命を断ち切られた男の顔は、驚きと絶望で永遠に時を止めていた。クレマンは彼の首を掲げ、群衆に見せつけた。

 どうぞ、ご覧あれ。次にこうなるのは、あなた。

 新たな断頭台は完成してしまった。これからはもっと簡単に、王の名のもとに死をもたらすことになる。

 クレマンにはもはや、希望はひとかけらもなかった。サンソン家は今までもこれからも、国民の死の悲しみを引きずって生きていくほかないのだ。

 断頭台の露と消えた友の頬に、触れる。艶やかだった金の髪は、血と埃で薄汚れていて、哀れさを増した。

 すべて、この首の持ち主が教えてくれた。

 運命を受け入れ、生きていくこと。それが死にも勝る贖罪であるということなのだ。

(終)

【参考文献】

中野隆生、加藤玄・編『フランスの歴史を知るための50章』(明石書店、2020)

バーバラ・レヴィ『パリの断頭台:七代にわたる死刑執行人サンソン家年代記』(法政大学出版局、2014)

安達正勝『死刑執行人サンソン――国王ルイ十六世の首を刎ねた男』(集英社、2003)

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