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<42話
蹂躙された身体の熱は引いていた。
時間の感覚はなかった。時計を見れば午前四時。秋の太陽はまだ眠りについていて薄暗い中、隣で熟睡する早見を見つめる。
彼の横顔は、疲弊していた。顔色が悪いし、昼から夜までずっと繋がっていたから、食事もしていない。搾り取られるだけ搾り取られて、一日で頬がこけてしまった。
「ごめんなさい」
ガラガラになった声で、ぽつりと謝罪する。伸びかけた髭が縁取る唇にキスをしたいと思ったが、なけなしの常識が行動を押しとどめた。
無理矢理奪っておいて、常識人を気取ろうとする自分を嘲笑う。
彼を起こさぬように抜け出して、階下へ。メレンゲもお気に入りのラグの上で眠っていた。そっとシャワーを浴びて着替えると、日高はコテージの外に出た。
こちらの世界に来たときに着ていたパーカーでは、すでに肌寒い。ぶるりと身を震わせる日高の耳に届くのは、木々が風に揺れる音だけだった。湖に続く道路を走る車の音もない。
ゆっくりと歩き出す。名残惜しい気持ちを振り払い、日高は湖を目指した。メレンゲの散歩で通い慣れた道だ。けれど、一人で歩くのは初めてだった。いつだって、早見とメレンゲがいてくれた。
本当は、湖の中央に浮かぶ小島までいければいいのだけれど。
当然だが、ボート小屋は閉まっている。ならば、と拾われた場所にたどり着いた日高は、靴を脱いで揃えた。
書き置きはしてこなかった。この靴を見て、察してくれればいい。
目を細めて、赤い鳥居を見つめる。
紅蓮湖に祀られているのは、翡翠湖の姫神と恋仲だった庭師の男だろう。ならば、愛する姫と同じ性を持つ日高の願いを叶えてくれるはずだ。
死んだら死んだで、それまでのこと。どうせ、浦園日高という男はこの世界には最初からいないことになってしまっている。
「神様。俺を、元の世界に戻してください。俺はこの世界にいてはいけないんです」
口の中で呟き、水に足をつけた。途端に、刺すような冷たさに悲鳴を上げそうになる。
我慢して一歩一歩進んでいく。膝下まで水に浸ったとき、「日高!」と、焦った声に呼ばれ、振り返った。
>43話
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