愛は痛みを伴いますか?(34)

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33話

 いろいろな場所を家探しするも、特にヒントは残されておらず、雪彦は涼しくなったリビングの床に、座り込んだ。涼しくなってきたはずなのに、汗が止まらない。ピアスの箱を眺めながら、雪彦は大きな溜息をついた。

 幹也は、私物をすべてどこかに運び去った。本棚にぴっちり収められた医学書はそのままだったが、あれは彼の父親が買ったものだから、家具家電と同じ扱いなのだろう。幹也自身の小遣いで買ったもので残されていたのは、このピアスだけ。

 自分が彼の、真の主人になれていないことを自覚させ、独占欲を孕んだ恋心を抱いていることに気づかせてくれた、ピアスだ。

 これを見つけたときは、幹也の風邪が治っていなくて……。

 そこまで思い出して、ハッとした。確かあのとき、財布に。

 鞄の中から財布を取り出した。いらないレシートばかり出てきて、イライラする。ポイントカードもだ。癇癪を起こしそうになりながらも、目当てのものを見つけた。

 早川の名刺だ。

 幹也のことを気にかけていたあの伯父ならば、何かを知っているかもしれない。

 藁にも縋る思いで、スマートフォンを取り出した。

 早川はすぐに、幹也のマンション前まで車で迎えに来た。経営している病院はいいのだろうか。尋ねてみると、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「共同経営者に任せているから、心配はいらない」

「そうですか」

 話が弾むはずもなく、雪彦は沈黙を保つ。粗方の説明は電話でしてあるが、それにしても迷いなく早川は運転する。行き先など最初から、決まっているとでもいうように。高速道路に入ったところで、雪彦は口を開く

「どこへ向かっているんですか」

「くずの葉総合病院」

 唯一残されたピアスは、鞄の中に入れてきた。雪彦はそっと手を入れて、箱をなぞる。

 彼が行く場所は実家しかない。雪彦は、病院見学の際に出会った幹也の兄のことを思い出した。あんな奴がいる家に、彼は自らすすんで戻るだろうか。

 思えば、あの日から彼の情緒は不安定だった。ひどくしてほしいと懇願したのも病院見学の日だ。それから。

 雪彦は自分の首にそっと指で触れた。どくりと脈を感じる。あの夜、幹也はこの首を絞めた。寝ぼけていたとごまかしたけれど、そこに深い事情はなかったか。

「人殺し」

 あの男が幹也の耳に囁いていた言葉。最初は聞き間違いかと思ったが、これで正しいのだと雪彦は確信した。

 なぜならば、「人殺し」と雪彦が唇に載せた瞬間、早川が驚いた表情で、こちらを見たからだ。

「早川さん。人殺しって、どういうことですか?」

 雪彦とて、その単語が文字通りの殺人犯を表すばかりではないことくらい、想像がつく。彼が意図せぬ形で、誰かの死に関与してしまった。その線が濃厚だ。

 早川は苦々しく、横目でちらりと雪彦を見た。

「僕がここで、幹也が人殺しだと肯定したところで、君は信じるのかい?」

「いいえ」

 雪彦は即答した。

「俺は葛葉の言葉を聞くまでは信じませんし、何なら、彼が自分は人殺しだと主張したとしても、否定します」

 たとえ彼の罪がどんなものであっても、雪彦はひとつひとつ、否定していく。硬く真っ黒になってしまった思い込みを、ゆっくりと正し、解いていく。

 その覚悟を、早川は雪彦から読み取った。細く溜息をつくと、「目的地まで一時間だけ、話そう」と言って、昔語りを始めた。

 一人の幼い子供の身の上に降りかかった、恐ろしく、悲しい物語を。

35話

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