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<12話
「フーコ。ちゃんと真っ直ぐ帰りなさいよ!」
体育の授業があったから、今日は朝から放課後まで、ずっとジャージ姿だ。着替える手間が省けたので、さっと風子の教室まで行って、ぴしゃりと言った。
「わかってるよ。部活、頑張ってね」
実際に風子が寄り道せずに帰宅したかどうかを、確認することはできない。部活終わりに着替えるより先に、スマホで「ちゃんと帰れた?」と、連絡を入れるくらいだ。
毎回嫌がりもせず、風子も「大丈夫だよ」と律儀に返してくれるので、私はそれを信じている。
素直なところが風子の美点だ。彼女は正直に、私との約束を破ったのならそう言う。ごめんね、という軽い謝罪とともに。
『今日は帰りにスーパーに寄ったよ』
『おばあちゃんにお団子買いに行った』
『クラスメイトと遊びに行っちゃった!』
そんな風に何をしたのかも、教えてくれる。クラスメイトとどこに行ったのかは少しだけ気になったけれども、私の関心事は女子(そっち)じゃない。男だ。それ以外の寄り道は、許容範囲といってもいい。
『外暑いし、まっすぐ帰ってきたよー。ののちゃんも気をつけて』
夏休みも近い。授業はなくとも、私には部活がある。風子と毎日毎日、一緒にいるわけにはいかない。
長期休暇、特に夏は、一番気が緩む季節だ。担任の先生も、最近は口を酸っぱくして風紀の乱れについて説教をしてくる。
関係ないね、という顔で聞き流していたけれど、実は誰よりも関係あるのは、私だったのかもしれない。
少子化の時代、男女別教育なんてしている場合じゃないと、市内でも共学校化が進んでいる。女子校はうちだけだし、男子校は再来年度には共学になることが発表されていて、絶滅する。
創立から百年以上、百合が原女子が存続してこられたのは、校則の厳しいお嬢様学校のイメージが、地域に根づいているためだ。
実態は、化粧をして学校に来たり、制服を改造したりと異なっていても、長年の評価は覆らない。
母親がギリギリで許してくれたのも、百合が原の特進だったからだ。周囲からの印象は悪くない。どころか、ジジババ世代には公立高校に進学するよりも、「女の子なら百合が原!」という人間が結構多いらしく、一目置かれていたりする。
学校側も求められる生徒像を正しく把握している。貞淑なレディ、なんて家庭科の先生が言い出したときには、脳内で「ていしゅく」という漢字変換が追いつかなかった。
でも実際、私たちに求められているのはそういう、昔ながらの良妻賢母的な育ちなのだろう。
だから、行き過ぎた男女交際について目くじらを立てるのだ。
明確に校則で禁止されているわけじゃないから、もちろんクラスメイトには、他校に彼氏がいる子もいる。キスよりも先を、この夏は経験したいと意気込んでいる子だって。
特進クラスですら浮ついて、合コンがどうのこうのという話題があがるのだから、普通クラスなんて言わずもがな。風子が影響されないように注意するのが、私の役目だ。
ひとりで帰る電車の中では、することがない。じっと俯いて風子のことを考えていると、外の気配が変わったことに気がついた。
先程まで晴れていたはずなのに、空は灰色の雲に覆われて、ポツリと一粒の雫が車窓を叩いたのを皮切りに、轟音を立てて猛烈な雨が降ってくる。
梅雨が終わって夏になり、油断した。慌てて鞄の中を探ってみたものの、折りたたみ傘は入っていなかった。
そうこうしているうちに、自宅の最寄り駅に着いてしまう。雨は止まない。どころかひどくなり、遠い空ではゴロゴロと雷鳴すら聞こえる。
>14話
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