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<11話
学校のテスト期間というのは、どこも似たようなもの。一応、探りを入れてみれば、例の工業高校もテスト中だ。駅で彼を見つけて、クッキーを渡すにはこの機会が望ましい。相手が部活やバイトをやっていたりしたら、帰宅時間も不規則だろう。
私も一緒に駅前で張り込みたかったのだけれど、あいにく、科目数が普通クラスとは違うため、帰宅時間が遅かった。じりじりと帰りのショートホームルームを過ごした後、すぐに教室を飛び出した。
校門を出たところで、スカートのポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。相手は確かめずとも、風子。
「もしもし?」
『ののちゃん?』
声のトーンからは、成功したか否かはわからなかった。どちらだろう。
空腹だけじゃない、胃のキリキリした痛みを押さえて、「どうだったの?」と尋ねる。
えへへ、という笑い声に、結果を悟る。
「受け取ってもらえたの?」
意外な結果だ。
接点が同じ駅を使っている、ということしかないため、駅前で捕まえて渡せというのは、私が授けた作戦だった。もちろん、人目につく場所でプレゼントさせるのは、断られる確率を上げたかったから。
なのに男は、「礼なんて別によかったのに」と言いながらも、受け取ってくれたらしい。ぺったんこの鞄の中に入れようとして入らなかったから、そのまま手に持って、電車に乗り込んだ。
風子自身の好みしか考えていない、ゴテゴテの包みを持つヤンキーは、さぞかし目立ったに違いない。
『ののちゃんのおかげだよ。ありがとう』
礼を言われる筋合いはない。
思わず黙り込んでしまった私を不審に思って、「ののちゃん?」と、電話の向こうの風子が名前を呼んだ。私は慌てて、
「そう! よかったじゃない!」
と、祝福したけれど、声は上擦っていた。
通話を切ってから、なぜ失敗したのかを考えるものの、私には、相手の男の情報が少なすぎた。何も思いつかない。
痴漢から見ず知らずの女子を助けるくらいには、まともな頭をしているんだろう。もしかしたら、風子に恥をかかせないために、受け取るだけ受け取ったのかも。
で、家に帰って処分する、と。
うん、ありえる。
そんな私のわずかな期待は、早々に打ち砕かれた。同じ時間に帰れるテスト最終日、「おなかすいたね~」と言い合っていた風子が、「あっ」と短く叫んだ。
駅の入り口で、居心地悪そうに背中を丸めている学生と、目が合った。
目つきが鋭いを通り越して、悪すぎる。三白眼というのだろうか。黒目が昼間の猫のように細い。その目をカッと見開いたかと思うと、男は風子に近づいてくる。
金髪の学ラン。そうか、この男か。
風子は嬉しそうに、「こんにちは」と頭を下げた。私は彼女の後ろで、ただ突っ立って観察した。
金髪男は、私に目もくれなかった。別に、悔しいわけじゃない。ただ、胸がざわざわした。
男はやや長めの髪の毛を掻き上げた。わざとらしい。格好つけてる。やることなすこと、一挙一動が気に入らなくて、マイナス評価をつける。
「あー、あ、っと、その」
少しだけどもったあとで、男は真っ直ぐに風子を見た。日に焼けた頬が、赤くなっている。
「……クッキー、美味かった。ありがとう」
ただそれだけを伝え、男は足早にホームへと駆けていってしまった。
意気地なし!
背中に声をかけそうになって、そんなことをしたら、私が風子と男をくっつけようとしているみたいじゃないか、と気づく。
風子は私の手を取る。彼女の手は震えている。
「ののちゃん……よかったぁ」
涙を流すばかりに安堵し、喜んでいる風子に対して、私は「よかったね」という心の籠もっていない言葉を投げた。
男は明らかに、風子を狙っている。
風子は黙っていれば可愛いし、手作りお菓子なんかも作れてしまう、女の子らしい女の子だ。背も低く、丸みを帯びた身体は柔らかい。
あんな将来性のない男、周りにいるのも馬鹿ばっかりだろう男とくっついたりしたら、風子が傷つく。
風子には笑っていてもらいたい。私がこんなにも、彼女のことを思って尽くしているんだから、まともな人と恋をして、幸せになってもらいたい。
どうにかして、引き離さなきゃ。
はしゃぐ風子に適当に相槌を打ちながら、どうするべきか考えていた。
>13話
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