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誠はわざわざ有休を取り、車で来てくれていた。
地元より気温が高いとはいえ、東京の風は強く、十一月のオープンカーは寒い。
誠はきちんと心得ていて、車の中にはふかふかのブランケットを積み込み、望美のためにホットのカフェオレを買ってくれていた。
「ありがとう」
ドライブデートなんて、出来過ぎの演出だが、望美は嫌いじゃない。
「車の方が、ごまかしがきくだろ。それに、ブランケット頭からかぶってりゃ、わかんないって」
彼の言葉どおりに頭からかぶると、「雪ん子みたいだな」と、誠は望美の頭をぽふぽふと叩いた。布越しなのが、ひどくもどかしかった。
車で出かけると聞かされ、ドライブなんて数えるほどしかしたことがないことを思い出した。母は運転免許を持っていないし、祖父は自分たちの用事でしか運転しない。望美が自動車に乗るのは、兄が帰省してきたときくらいだった。
もちろん、祖父の車だから、こんなにかっこよくない。機能と燃費に全振りした軽自動車を借りて、兄は望美を連れ出した。
目的地はだいたい、隣町にある大沼公園だ。幼稚園の頃から何度も遠足で訪れた土地。景色を楽しむよりも、美味しいソフトクリームや名物の団子を食べるのが目的だった。
「風強いと、ホコリが目に入ったりするから」
誠は望美の分も、サングラスを用意してくれていた。至れり尽くせりだ。少しサイズが大きいけれど、支障はない。目を完全に隠してくれるから、同じ学校の生徒に見られたとしても、望美だとは思わないだろう。
とにかく誠の気遣いが嬉しくて、望美は柄にもなく、お姫様になった気分だった。
ふっ、と息を吐き出して笑った望美に、赤信号で車を一時停止させた誠は、「どうしたの?」と尋ねてくる。
「うん。お兄ちゃんだったら、こんな風に気遣ってくれたりしなかっただろうな、って思ったんです」
いつも通らない道を通ったとき、ナビにバグが起きてどうしようもなくなった。同乗者が望美しかいないから仕方がないとはいえ、サイドボードに入れっぱなしだった、古い道路地図を見てどうしろと言うのか。スマートフォンでいくらでも地図が見られることを思い出したのは、目的地とは反対方向にひた走って十五分経ったときのことだった。
とにかく格好がつかない人だった。そもそも赤いオープンカーなんて、似合わないのが大前提だけど、望美が素敵だと思う車を借りてこようという考えにも至らない、そんな人だった。
「はい」
再び停車したときに、誠がハンカチを差し出してきた。彼はこちらを見ていない。なんでハンカチなんて、と受け取って、望美は自分が泣いていることに気がついた。
ありがたく涙を拭く。晩秋のオープンカーで受ける風は、涙をひりつくほどに乾かしていく。
彼は視線を決してこちらに向けないが、心は尽くしてくれている。
鼻水は出なかった。きれいに泣けた。兄の葬儀でぐちゃぐちゃになった顔は見られていて今更だけど、そこは乙女心というやつだ。
「ありがとうございます」
ハンカチを返すべきかそのまま預かっておくべきか悩んで、望美は結局、返却した。これが地元なら、持ち帰って洗い、再び会うための口実にするところだが、東京では難しい。
誠は嫌な顔ひとつせずに受け取った。泣き止んだ望美の顔を覗き込んで、「目が赤くなるから、あんまり擦らない方がいいよ」と言った。
ドライブの目的地は、決まっていなかった。適当に走らせる車の中、会話が尽きないかといえば、それは嘘で、時折沈黙が降りる。たいていは、望美が緊張しているせいだった。車窓を眺めて、次の言葉や話題を搾り出そうとしていると、不意に、手にぬくもりが触れた。驚き見つめるのは、誠の横顔だ。
片手でハンドルを操作する彼は、手慣れていた。運転に、だけではない。助手席に座る女の子に触れるタイミングや触れ方、何もかもが自然だった。
望美は耳まで熱くなるのを感じた。
私の気持ち、ばれちゃったのかな。
でも、手を握ってくるってことは、誠さんも私のこと……。
「手、すべすべだね。きれいだ」
それは、嘘。
ハンドクリームでどれだけケアしても、指先の逆むけを毟ってしまう悪癖がある。
お世辞であっても褒められると面映ゆく、望美は無言で俯くばかりだった。
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