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<20話
恵美?
仙川がいつの間にか来ていたのか?
辺りを見回すが、嫌味なくらいの美形は見当たらない。呉井さんも瑞樹先輩同様、目がとてもいいのだろうか。
「……ええ、そうですね! お嬢様、そのような者の腕をいつまでも掴んでいないでください!」
「ってえ!」
掴んでいるのは呉井さんなのに、思い切り叩かれたのは俺の腕だった。そして叩いたのは、柏木と呉井さんを助けてくれた、ゴスロリオネエさん。聞き覚えのある声と、刺々しい言葉に、彼女(?)の顔をまじまじと見る。眼帯はなくなっている。化粧は濃いが、確かに見覚えがある。
「え? 仙川……先生?」
恐る恐る指した指を振り払い、仙川は、ふん! と鼻で笑った。
「私とぶつかり、言葉も交わしたくせに気づかないとは、貴様の目は節穴か?」
いや、気づかないだろ、普通。まさか女装しているとは思わないし。しかも本気のゴスロリとか。こんなのよく買ったよな……こういう衣装って、よく知らないけど、高いんだろ? これって呉井家の経費で落ちるのかな。お嬢様のご命令に伴う出費だもんな。
現実逃避中の俺をよそに、呉井さんはさらなる爆弾を投下する。
「相変わらず恵美は、女装している男の人に変装するのが上手よね」
女装している男の人に変装する、という複雑怪奇な言い回しに混乱したのは、俺だけではなかった。女装した仙川には驚きながらも、どこか納得した表情だった柏木も、大きく目を見開いている。勇気を出したのは、俺ではなく彼女だった。
「あのさ、呉井さん。それって、どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
呉井さんの中では自明の理だからか、さっぱりわからないという顔で首を傾げる。
「その、仙川先生の、性別についてなんだけど……」
「あら。柏木さん、気づいてらっしゃらなかったの? 明日川くんも?」
まああ、と口元を手で押さえる。そして笑って、
「恵美は女性にしか見えないじゃありませんか」
……えっと、突っ込みたいところがいくつかあるんだけど。たぶん呉井さんに言っても無駄だな。俺はぎぎぎ、とぎこちなく首を動かして仙川を見る。
「男装して学校務めをしているのは、ひとつはお嬢様に変な男が寄りつかないように、牽制するため」
確かに、やたらイケメンの年上の男が近くで目を光らせていたら、一般の高校生男子は怖くて寄りつけないだろう。女性の格好のままでも、迫力ある美人だから一定の効果はありそう。
「もうひとつは?」
「単純に、男装の方が楽だからな」
軽い理由に、思わずずっこけそうになった。その肩を、珍しく艶やかな笑みを浮かべた仙川に掴まれる。
「こうやって、不埒な男を撃退するときも、制限なく動ける」
「あだだだだだだ!」
肩関節に技を決められて、俺は悲鳴を上げた。
涙目の視界の端に、呉井さんがにこにこ笑っていて、柏木が呆気にとられた様子が映る。助けて、と言うこともできないほど痛めつけられた俺が開放されたのは、瑞樹先輩がたくさんの参考書を抱えて、戻ってきてからだった。
>22話
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