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<81話
「明日川、お疲れ~」
柏木は文化祭を満喫している。タピオカドリンクを片手に、もう一方に綿あめの袋を抱えている。頬にはフェイスペイントが施され、クラスTシャツも裾を結んでアレンジしている。全体的に派手だ。
中身はオタクでも、一度ギャルに染まるとパリピ精神が沁みつくんだな。しみじみしていると、柏木が睨んでくる。
「何? なんか文句あんの?」
「いえ。ないです」
俺はぶんぶんと首を横に振る。じと目で「本当に?」と追及してくる柏木から視線を逸らし続けて逃げる時間は一瞬だった。
「あ、呉井さん」
助かった。柏木の意識が呉井さんに逸れる。柏木はひとつのことにしか集中できないタイプだ。うーん、チョロい!
「お待たせいたしました」
「ううん。あたしたちも今来たところ」
綿あめ食べる? とキャラクターのついた袋(縁日でよく見る奴だ。屋台を出したクラスは、わざわざこの袋を買ったのか)を開けて、はい、と差し出した。呉井さんはちょっとだけ躊躇した後、「では、いただきます」と、ほんのひとつまみだけちぎり、口に入れた。
「甘い……ですわ」
「呉井さん、綿あめ初体験?」
「ええ……夏祭りなどのイベントは、行ったことがありませんので」
中学の文化祭は、屋台を出したり喫茶店をしたりするのは難しいので、呉井さんが祭の雰囲気を味わうことができたのは、高校に入ってから。一年生のときは、連れ立って歩く友達もいなかったというし、きっと仙川が後ろからついてきて、「そんなものは召し上がってはなりません」とか言ってたんだろう。窮屈だったろうな。
そう考えて、ふと、仙川の姿が見えないことに気がついた。
「仙川先生は?」
「恵美はなんでも、人数が足りないからと瑞樹さんの舞台をお手伝いするそうですよ」
じゃあ、先に体育館に向かっているのか。
「んじゃ、俺たちも行きますか」
「ええ」
「瑞樹先輩、どんな役やるのかなぁ。王子様かな、やっぱり」
「かもな」
好き勝手に舞台の予想をしながら、俺たちは会場へと向かい、運よく前方に開いていたシートの空きに腰を下ろした。椅子を使わないのは、劇場と違ってフラットな状態にしかできないせいだ。座高の関係で、椅子に座ると舞台が見えない観客が出てくる。地べたに座れば、多少の融通は利く。
俺は堂々と胡坐をかくが、女子二人はどうするんだろう。柏木は何も考えずに、体育座りで足を抱えた。なるほど、座高も高くならず、自分の座るスペースを小さく保っている。正座より足も楽だし、後ろに座る人間のことも考えている。
呉井さんは柏木を見て、俺と同じことを考えたようだ。一度正座をしたものの、足を崩して、体育座りをする。体育の授業は男女別なので、呉井さんがそうやって座る姿は、たぶん初めて見た。
最後の出し物で、珍しい演劇ということもあって、体育館は時間が経つにつれて埋まっていく。振り向けば、後方は立ち見になっている。
そして超満員となったところで、体育館の照明はゆっくりと落ちていき、運命の舞台の幕が上がった。
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