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<16話
幕が一度閉じる。カーテンコールも練習するらしい。中央で堂々と客席に礼をする香貴と、目が合ったような気がして、涼はぱっと顔を下げた。感動して、少し泣いてしまったことを、隠しておきたかった。
その努力も、ゲネプロ終わりの休憩時間に、母のせいで無駄に終わる。
「涼ったら、あんだけ寝る寝る言ってたくせにちゃんと全部見て、しかも感動して泣いてたのよ」
どうしてこう、女親というやつは息子の繊細な部分を傷つけることばかりするのか。年下の男なんて、相手の弱い部分を見つけたら、即座にからかってマウントを取ってくる生き物だ。もっと若い頃の自分がそうだった。
だが、香貴は育ちの違いが影響しているのか、涼の涙を純粋に喜んだ。舞台初心者の涼の心を動かすことができたということが、嬉しいようだ。
「ほら。寝る暇なんてないって言ったでしょ?」
スポットライトの熱による汗が、まだ引かずに額に浮いている。拭ってやりたい衝動に駆られ、思わず指を伸ばしかけた。
「香貴ー。そろそろミーティングするってー」
ヒロイン役の役者に呼ばれ、香貴は大きな声で返事をする。
「それじゃ、行かなきゃならないので。本当にバラ、ありがとう!」
涼の手は彼の額には届かなかったが、代わりにぎゅっと握りしめられた。にっこり笑顔を浮かべて涼と母に礼を言った後は、一気に表情が引き締まった。天真爛漫な年下の友人から、舞台の主演俳優へとチェンジした香貴の後ろ姿を見送る。
いつもぼんやりしている姿しか見たことがないから、舞台で演技をしている香貴を、見直した。自分の仕事をきっちりこなしているギャップに、涼は自分自身のことを振り返る。
『この庭を、自分の手でバラの花でいっぱいにしたい』
彼の願いを叶えたい。けれどここまで、何も進められていない。結局、茎を切る作業を香貴にやらせず、自分が行っている。
彼が演技のプロなら、こちらは曲がりなりにも、花のプロだ。香貴ばかり責めてきたけれど、何かもっといい方法があるのではないか。
ぎゅっと握り込んだ拳に、母は微笑む。息子の密やかな決意を応援するように、涼の背を叩き、帰宅を促した。
>18話
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