断頭台の友よ(41)

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40話

 被害者のアンベール・バルテルは、子爵家の次男だった。本来ならば跡取りとはならず、役人の道を進むか、あるいは他家に婿に行く立場の男であった。自身も次男であるクレマンは、彼とよく似た立場である。そして、跡継ぎの長男を亡くした点もまた、バルテル家とサンソン家に共通であった。

「あとひと月で代替わりするというときに、お兄様が事故で亡くなられて」

 バルテル子爵はまだ若かったが、もともと病弱な夫人の体調を気遣って、早めの隠居を望んでいた。すでに結婚していた兄が襲名をするのに何の問題もなく、アンベールとマノンの婚約も滞りなく進んでいた矢先のことであった。兄夫婦が乗っていた馬車が事故に遭い、二人は帰らぬ人となった。訃報を聞いた子爵夫人もまた、心労が積もりに積もって床に就いた。

 アンベールはクレマン同様、自分が家を継ぐとは思っていなかった。本が好きだった彼は、王立図書館の司書として勤務しており、マノンと結婚してからもその仕事を続けるつもりでいた。だが、兄夫婦が子のないままに死んでしまったことで、人生は一変する。

「先生も貴族であればおわかりになるでしょう? 親が立派であればあるほど、跡継ぎには重責がのしかかるものだと」

 あいにく、サンソン家の爵位は金さえ出せば誰でももらえる程度のものであり、義務も権利も、古くからの貴族には遠く及ばない。処刑人としての務めを「立派」に果たすというのもおかしな話だが、クレマンは小さく頷いた。

「アンベール様は、弱い人でした」

 言葉を選ばず、マノンは元婚約者を評した。優しい、穏やか、威圧的ではないなどの長所ではなく、裏返しの短所についてのみ、彼女は述べた。

 父親や優秀な兄の陰に隠れ、ひっそりと生きてきた次男が、突然貴族社会の矢面に立たされる。十歳のクレマンが、父によって処刑台の上に上げられたときと同じ恐怖を、アンベールは味わったのだろう。お兄さんはこうだったああだった。内情を知らずに、思い出話の体で比較してくる他人相手に、彼は愛想笑いを浮かべるしかなかったのかもしれない。 

 アンベールの遺体スケッチを思い出した。頬が痩せこけていたのは、他人の目にさらされ、子爵家を突如継ぐことになった責任から逃れたいという気持ちの表れだった。

42話

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