高嶺のガワオタ(23)

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ライト文芸

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22話

 映理から電話で誘われたのは、三日前だった。

『飛天さん。お願いがあるんですけど……』

 普段は意識しないが、電話越しだと、声に宿る感情というものに敏感になるものだ。映理の声は、「断られたら嫌だな」という不安に揺れていた。

 三日前、という近々になってからの誘いも、彼女がその間、散々迷った末の決断だというのを表していた。

『映画に行きませんか?』

 すぐに返事ができなかった飛天に慌てて、彼女は「メジャーな映画じゃなくて、ミニシアターでのイベントなんですけど」と被せてくる。

 調布のミニシアターで、アマチュアの撮影した特撮映画を上映するイベントがある。チケットを取ったが、一人で行くのに躊躇したのは、どんな客層なのかまるでわからなかったせいだ。

 大手映像会社が作成しているテレビドラマの公式イベントなら、スタッフの体制もしっかりしている。ノウハウを持っているキャラクターショー専門イベント会社でも、心配はない。

 対して映画祭は、ボランティアによって運営されているイベントだ。警備も手薄な部分があるかもしれないし、どれだけ客同士のトラブルに対応してくれるのかもわからない。

『だから今までは行きたくても我慢してたんですけど、飛天さんがもし、お付き合いしてくれるなら……』

 頼られて悪い気はしなかった。二つ返事で引き受けたいのは山々だったが、飛天は少し悩んだ。

 見るだけにとどまらず、自分たちで映画を撮影しようなどという連中だ。そのオリジナル作品を見に来る人間もまた、相当コアな特撮オタクに違いない。

 そんな連中の中に入って、本当に大丈夫だろうか。

 黙っていたのは数十秒だが、その間に映理は飛天の心を察知して、「やっぱり、ダメですよね。いいです、忘れてください。今年も諦めます」と早口で告げた。

『待って』

 また最初のときと同じ過ちを繰り返すところだった。

 人混みを避けてこそこそと出歩く。平日はおろか、土日もバイトをしているために、なかなか会うことができない。

 男性に慣れるため、という口実で映理には付き合ってもらっているのだ。慣れるどころか、「やっぱり男って……」と幻滅させてしまう可能性すらある。

 それに映理は、飛天が特撮オタクが苦手だということを知らない。今回、映画祭に誘ったのも、スーツアクターを始めた飛天の何か参考になれば、という理由もあったのだ。

 そこまで考えてもらって、譲歩してもらって、受けないなんてありえなかった。

 そういうわけで飛天は映理とデートの約束をして、朝早くから印象を変えるべく、ヘアアイロンと格闘を始めたのだった。

「はい、できたよ」

 中腰姿勢が辛くなるよりも前に、水魚は飛天のヘアセットを終えた。頭を左右に振り、手鏡を使って後頭部まで確認をした。

「そんなに見なくたって、お兄ちゃんはいつだってイケメンだよ」

「水魚……」

 アイドル時代ですら、一度もそんな風に褒められたことはなかった。寝癖を涙目になりながら必死に直す兄のことを、冷たい目で見ていたことさえあった。

 驚きと感動に、まじまじと水魚のことを見つめると、妹は照れ臭そうに笑った。

「昔はさ、お兄ちゃんのこと得意じゃなかった。だって私と、あまりにも違うから」

 華やかな芸能界に生きる兄の妹として、水魚は学校でも注目されていた。

 あのイケメンの妹なら、さぞ美少女なのだろう。噂を聞きつけた男子が教室までやってきて、「大したことねぇじゃん」と、面と向かって言ってきたこともあったそうだ。

「お兄ちゃんがアイドルやったり役者やったりって、私にとっては迷惑だったよ、かなり」

 初耳のエピソードばかりが語られて、飛天は衝撃で動けない。家族が芸能人となれば、自慢できたりちやほやされたり、嬉しいことの方が多いものだとばかり思っていた。

 すべて自惚れだったことに初めて思い当たって、飛天の頬が羞恥で熱を持った。

「水魚」

「でも、今は違う。私だってメイクすれば化けるし、それに『可愛い』って言ってくれる奴だっているし」

 真摯に謝罪すべきかと声をかけたのに、そんな風に惚気られて、飛天はがくっと肩を落とした。

「家にずっといるお兄ちゃんは、ダメダメ人間だったけど、今はいい感じだと思う」

 だから頑張ってね、デ・エ・ト!

 わざと一音ずつ区切って発せられた単語に、飛天は過剰に反応する。

「おま!」

 なんでわかるんだよ!

「おしゃれして出かける理由なんて、男も女もひとつしかないじゃん」

 などと、哲学めいたことを言った映理は、「ほら! もう邪魔だからどいてよ!」と、強引に飛天を鏡前から押しのけたのだった。

24話

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