孤独な竜はとこしえの緑に守られる(27)

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26話

「ナーガは、竜人? それとも人間?」

 生活をともにしていても、ナーガは謎めいた存在である。自分よりもだいぶ高い背丈だが、竜人にしては線が細い。目を閉じたままの生活を自分に課している彼に、上司は力仕事を任せなかったのかもしれない。捲ったローブの袖から覗く腕は、ベリルですら簡単に封じ込められそうだった。

「さて、どちらだと思いますか?」

「質問に質問で返すのは、卑怯だ!」

 突っ伏して拗ねると、茶器が揺れて小さく音を立てた。零したらもったいない。ナーガの淹れた茶は美味い。

 ベリルは顔を上げて、澄ました顔で口をつけた。自分で淹れると、渋みが強くなる。ナーガはどんな技法を使っているのか、苦みと甘みのバランスが絶妙だ。

 おとなしくなったベリルを、閉じた瞳で優しく見つめながら、ナーガは抑揚のない声で語り出す。

「実をいうと、私にもわからないのですよ。神官長に拾われるまでの間の記憶がございませんで」

「え。ナーガも記憶喪失なの?」

 ええ、と頷いた彼は、顔面の右半分に巻いていた包帯を、躊躇なくほどいた。布がはらりと落ちると、触れるのもなんとなく恐ろしくて、見て見ないふりをしていた彼の素顔が明らかになる。

 あまりの惨さに、ベリルは声を失った。

「神殿に保護されたとき、私は顔にひどい火傷を負っていました。事故か、それとも誰かに故意に焼かれたのかはわかりません。このせいで、私の右目はほとんど見えません。だから、神官長の勧めもあって、心眼の修行を続けているのです」

 ナーガの花が咲き誇るような美貌は、ひどく損なわれていた。右目を中心に焼けただれている。実際に被害を受けたのはずいぶん昔のことだろうに、火傷の痕は今も引き攣れて、痛そうだ。

「神殿でも、この傷が原因でひどく差別を受けることがありました。神に仕える神官たちですら、そうなのです。この国の人々が、真に神の平等を実現することは、難しいかと」

 ずっと彼の素顔は気になっていたが、辛い過去を思い出させたかったわけではない。ベリルが首を強く横に振ると、ナーガはいそいそと包帯を巻き直した。動作は手慣れていて、手伝おうかと声を上げかけたが、すぐに元通りの見慣れたナーガになった。

 少し安心してしまった自分を、ベリルは恥じる。

 ナーガは自分を信頼して、火傷について告白してくれたのに、醜い傷跡が見えなくなったことに安堵するなんて、裏切りに等しい。

「ごめんなさい」

 いろいろな意味を込めた謝罪を、ナーガは軽く受け止めた。そして厳かに、口にする。

「もしも本当に、ベリル様が神の説く平等を実現したいと思うのならば、私は持てる力のすべてを行使いたしましょう」

「ナーガ?」

 唇の微笑みはいつも通りのはずなのに、声色に違和感を覚えて、ベリルは顔を上げる。彼はいつの間にか、ベリルの足下に侍り、跪いていた。驚き立ち上がりかけたベリルの手を握り、押しとどめる。

「この世界を正すために。ベリル様」

 彼の瞼がうごめく様から、ベリルは目が離せなかった。うっすらと開いたところからは、深い緑色の光の入らぬ瞳が覗く。

 揺らいだ次の瞬間、ベリルの目には彼の瞳の色が変わったかのように見えた。緑とは対極にある赤。血の涙を流すごとき色はしかし、瞬きひとつで打ち消された。

 なんだ。見間違いか。

 ベリルは少し不安に駆られながらも、「ありがとう。俺は頼りない主人かもしれないけれど、一緒に頑張ろう」と笑った。

「ベリル、様……?」

 がっちりと握られていたはずの手は、簡単に振りほどくことができた。ベリルはおどけ、肩を回してやる気を見せつける。

「ナーガのためにも自分のためにも、竜人と人間だけじゃない、この世界で暮らすみんなが幸せになれる道を探してみせる!」

 まずは何からしようか。図書室の本はあらかた読み終えてしまったから、最新の実務を学ぶために、実際に業務に当たっている官僚に話を聞いてみるのもいいかもしれない。

 そういえば、事故のときに世話になったクーリエは、ヌヴェール領の代官だと言っていた。彼に会うことはできないか、今夜にでも頼んでみようか。

 呆けているナーガを後目にこれからのことを考えていると、扉がノックされた。後宮を訪れる者はだいたい決まっているから、戸の叩き方で誰が来たのか、大抵わかるようになってくる。

 しかし、力が入っているのに控えめすぎる音は、覚えがない。

 ナーガを見ると、彼は自分の役目を思い出し、慌てて扉に向かい、誰何した。

「カミーユ様よりお許しをいただきました。ベリル殿下にお目通り願いたい」

 怪しいと思うより先に、ベリルの身体は動いていた。ナーガの制止も聞かず、扉を思い切り開ける。緊張して改まった声であっても、ベリルが聞き間違うはずがない。

 この城で唯一の、友の声を。

「ジョゼフ! どうして?」

 炊事場にいたときのぼろではなく、侍従見習いとでもいうようなお仕着せを着た彼は、髪も整っていて、見違えた。

「どうして、はこっちのセリフです。ベリル、様?」

 ベリルの驚いた顔に、彼は唇を笑み曲げた。

28話

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