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<2話
突然、竜の姿で来訪したシルヴェステルを、クーリエ子爵は驚きつつも出迎えた。恭しく対応しようとした子爵を、人型に戻り制すると、彼はシルヴェステルの腕に抱かれて意識を失ったままの青年にすぐに気づき、屋敷の中へとすぐに通した。
客間のベッドに青年を寝かせ、すぐにお抱えの医師が呼ばれた。シルヴェステルは立ち会うことはできず、別室で茶を出されたが、そわそわしてしまって、味などひとつもわからない。
しばらくして出てきた医師の言葉を、シルヴェステルは信じられずに復唱した。
「彼は、ほぼ無傷だと?」
突如呼び出されたところに国王がいたものだから、医師の慌てようは相当なものだった。噴き出す汗をハンカチで拭き拭き、それでも彼は専門家の矜持から、診断結果をはっきりとシルヴェステルに伝える。
「はい。臓器も傷ついていないようです。頭については、正直彼の目が覚めてからでないとわかりませんが、どこにも打った痕跡はありませんでした」
一息に言ってから、何か失礼はなかっただろうかと視線を彷徨わせる医師に、シルヴェステルは労いの言葉をかけ、彼にも茶を淹れるように子爵家のメイドに命じた。恐縮し、辞退しようとする医師だが、「彼が目を覚ますまでは、ここにとどまらねばならないだろう。それなら、私と茶を楽しんだとして、何の問題もあるまい」と、強引に勧めると、諦めて、カップに震える指をかけた。
以後も話しかけるたびに、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい医師は、ようやくカミーユが追いついたと知ると、あからさまにホッとした様子だった。
「それでは、患者の様子を見てまいります」
そそくさと逃げ出した医師を一礼して見送り、カミーユは言うべきことは言わねば、と口を開いた。
「陛下。竜のお姿になるのはおやめくださいと、あれほど」
「緊急事態だったのだ。仕方ないだろう」
馬車と正面衝突した青年は無傷だったが、結果論に過ぎない。一刻も早い処置が必要だったのだと、シルヴェステルは譲らない。
医師からの又聞きの診断結果を伝えると、カミーユは眉根を寄せ、不信感を露わにした。事故車両の状況をしっかり検分してからやってきた彼は、シルヴェステル以上に、首を捻っている。
「あれだけの衝撃です。亡くなっていてもおかしくありませんよ」
彼の目が覚めたら、尋問も辞さないという勢いで、鼻息を荒くするカミーユであるが、相手は傷ひとつないとはいえ、事故に遭ったばかりだということを、思い出してほしい。
「彼が並外れた幸運の持ち主だったということだろう」
カミーユを宥め落ち着かせようとして、手ずから茶を淹れようとすると、慌てて止められる。主人に雑用をさせるようでは、側近失格だと自負するカミーユは、ポットの茶葉を取り替え、湯を注いだ。ただし、その分量や蒸らし時間は適当だ。
自分が淹れた方がよほど美味しいものが飲めるような気がする。
カミーユはおかわりを勧めてきたが、シルヴェステルは首を横に振った。口に入ればすべて同じだという彼と違い、自分は味にはうるさいのである。
小言を黙って聞き流していたシルヴェステルのもとに、青年が目を覚ましたと子爵が伝えに来たのは、小一時間後であった。慌てて立ち上がり、病室代わりの客間へ走りかけたシルヴェステルを、カミーユは止める。
「まだ診察中でしょう。医師が来るまでは、ここで」
「しかし」
「陛下?」
深緑色の目が暗く光るのは、彼が怒っている証左である。無理に突破すれば、さらに説教時間が延びることは目に見えていた。おとなしく座り直したシルヴェステルに、カミーユは満足そうに頷いた。
>4話
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