ろうそくを吹き消したら(6)

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5話

 夕食の準備ができたところで、勝弘は男性側の各部屋を回り、参加者を呼び出した。

 直樹の部屋をノックするときだけ、早口に「食事ができました」と言い、その場をすぐに立ち去った。

 隣のコテージの女性たちも続々と集まってきた。

 ディナーの間、勝弘たちスタッフはドリンクを運んだり、孤立している参加者を会話に誘導したりと働く。

 テーブルに大皿を運びながら、勝弘は先ほど廊下で見た光景を思い返していた。

 直樹は昔から、色恋沙汰に興味がなかった。嫌悪していたといってもいい。

 家庭教師を次々にクビにしていたのも、単なる彼のわがままではなく、性的な関係を迫られたからであった。

『友達に相談しても、うらやましいって言われるばっかりで』

 苦々しく話す直樹に、勝弘は「あー」と唸り声をあげた。

 確かに、多感な中学生。家庭教師のきれいなお姉さんと……というのは憧れるかもしれない。

 だが、フィクションの世界だからいいのであって、リアルで遭遇すれば、嬉しいよりも先に、まずはぎょっとするに違いない。

『AVの見すぎだろ、それ』

 勝弘の言葉に、彼はぱっと明るい表情になった。

 そんな少年時代を知っているからこそ、先ほど言い寄ってきた女性を袖にしたのを見たときには、あまりにも彼らしくて笑ってしまった。

 しかし、今になって思えば、上に報告すべきトラブルであった。

 今からでも遅くはない。橋本さん、と名を呼んだ矢先、「ちょっと、大丈夫!」と、女性の声が聞こえた。

(一歩遅かった)

 乱暴に開いたドアから入ってきた女性が二人。一人は、直樹を口説いていた子だったので、勝弘は頭を抱えた。

 彼女はしくしくと泣いて、顔を覆っていた。隣の女性がイライラとリビングを見渡しているので、緊張が走る。

 その後ろから、何も知らない直樹が入ってきた。異様な雰囲気に気がついてか、きょとんとした表情を浮かべる。

 わっと泣き声が大きくなった。

「ちょっと、あなた! 里穂に無理矢理キスしたんだって? この痴漢野郎!」

「はぁ?」

 直樹は心底意味がわからないという顔で、突っかかってきた女性を睨んだ。隣にいるのが、自分が振った女性だということは、覚えていないらしい。

「とぼけないで! 里穂、廊下で泣いてたんだから!」

「そんなこと言われても、俺は知らない」

 冷静に直樹は反論するが、感情的になっている女性たちは聞き入れない。こういうときは、喚き散らしている方が、周囲の注目を引き、共感を得られる場合が多い。

 女は同情して、同性の味方をするし、男は女の涙に弱い。それに、一人でもライバルが少ない方がいいという打算もある。直樹の味方は一人もいない。

「どうして俺が、キスなんてするんですか」

「そんなの、里穂のことが気に入ったからでしょ?」

「だから、違いますって」

 ヒステリックにすべて否定するので、水掛け論にしかならない。周囲は二人のやり取りを、傍観するしかなかった。準備した料理が冷めていく。

 仲裁に入ろうとした橋本を制止して、勝弘はそっとリビングを抜け出し、自室からタオルを持ってきた。それを彼女に手渡す。

「涙を拭いてください。ね?」

 化粧でドロドロになっていると思われた彼女の顔は、比較的きれいだった。

 最初から薄化粧をして、まるで涙を流すことが決まっていたかのように。

 そして、唇だけが艶やかなピンク色に彩られ、グロスでキラキラしているのが、顔面で浮いている。

「彼にキスをされたのは、いつですか?」

「ついさっきよ、さっき!」

 連れの女性の方が強い口調で答え、タオルで目元を拭っている本人も頷いた。

「そうなんですか。その割には、口紅やグロスはきれいなままなんですね。塗り直す余裕はあったんですねえ」

 勝弘は、刑事ドラマの主人公を真似して、穏やかながら少し毒を含んだ口調で指摘した。

 すると、タオルを持ったまま、彼女は肩を大きく揺らした。慰めていた友人は、「里穂?」と慌て出す。

 目元を控えめにする分、他の部分に色味を差すことがメイクの鉄則だ。大学に入学して、化粧を覚えたての妹が、教えてくれた。

 異性の目を気にしているイベント参加者が、目元も唇も適当な状態で、男の前に現れるはずがない。

 悪意のない笑顔を浮かべて、「ピンクのグロス、きらきらしてきれいですね。あ、キスされたんだったら、白坂さんの唇にも、ラメが移ってたりするんじゃ?」と、勝弘が詰めると、女性は何も言わずに、踵を返した。

「ちょ、ちょっと里穂」

 狂言かもしれないことにようやく思い当たった友人も、後を追いかけていく。

 妙な空気になってしまったリビングで、若山が手を叩き、皆の注目を集めた。

「私が様子を見に行ってきますから、皆さんはごゆっくりお召し上がりくださいね」

 言って、彼女は勝弘に目配せし、消えた彼女たちを追いかけた。黙って勝弘は頭を下げ、に送る。

 女子コテージに勝弘は入れないし、入れたとしても、自分では彼女を刺激するだけだ。

 参加者たちは、誰が最初に動くか顔を見合わせていたが、やがて好きな料理をめいめいに取り分け始め、十数分も経つ頃には、騒動などなかったかのように、交流が始まった。

 彼らの間を勝弘は、ドリンクをサーブして回る。視界の隅には常に、ぽつんと一人、壁の花と化している青年。

 説得を試みるも、諦めて戻ってきた若山が、勝弘の肩を叩いた。

「男子のことは、井岡さんにお任せします」

 あれ、と彼女が指すのは当然、グラスを片手に壁に寄りかかる直樹の姿だ。

「そんな」

「しょうがないじゃないですか。私、あの二人のところに食事を運ばなきゃならないんですから!」

 そう言われてしまえば、トラブルの一端を担う形になってしまった勝弘には、ぐうの音も出ない。

 適量を盛った皿を盆に載せ、コテージを出ていく若山を見送って、勝弘は直樹に声をかける。

「白坂さん。ご飯、食べてますか?」

 顔を上げた直樹の目は、やや熱っぽかった。

 未成年である彼には、ソフトドリンクしか渡していないはずだが、間違って酒を飲んだのだろうか。

 お水持ってきましょうか、とキッチンに引っ込もうとした勝弘を、直樹は引き留めた。

「どうして」

 切羽詰まった声だった。彼の目に溜まっていたのは涙ではなくて、感情だった。

 素直じゃない子供だったが、彼の大きな目はいつだって、思いを発露させていた。

 嘘をつこうとしても、隠そうとしても、勝弘は家庭教師時代、直樹の目を見てすべてを判断していた。

「俺のこと、覚えてないの?」

 忘れられるはずなんてない。でも、今この場で昔話をするつもりもなかった。

 勝弘は直樹の手を拒絶して、「仕事中ですから」とだけ言った。

7話

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