断頭台の友よ(28)

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十字架 ライト文芸

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27話

「ああ、乾燥のせいですね。赤くなっている」

 まだまだ先は長いので、手早く終わらせるため、クレマンは保湿剤を調合し始める。引っ掻きすぎて傷になっているところもあるので、炎症を抑えるはたらきのあるハーブを混ぜていく。寝る前にしっかり塗ることを指示しながら、今日のところはクレマン手ずから塗ってやることにした。貴族から見れば平凡極まりない容姿だが、農民の女から見れば、クレマンは十分に手の届かない王子様のごとき容貌である。適当に相手をしておけば、気前よく診療代に上乗せして、麦やら野菜やらをぽーんと寄越すのだ。

 美醜で差別するつもりはまったくないが、クレマンは太り過ぎた中年女は好みではない。とっとと終わらせようと薬を塗布していると、肌の上に刻まれた文様に気づき、既視感を覚えた。

「これは……」

「ん? 先生、どうかしたかい?」

 じっと見つめられると、さすがに女としての羞恥心なりなんなりが目覚めるのかと思いきや、肝っ玉母さんとして恐れられ、ときにはクレマンやブリジットに対してもその迫力を発揮する女は、クレマンに「これは?」と、尋ねられると、豪快に笑い飛ばした。

 自分の体の表面に走る皹割れを、心底不思議に思って視線を何度も上へ下へと走らせる様子が、おかしくて仕方がないという調子なので、「マリーおばさん?」と、クレマンは少し怖い顔をして、黙らせた。マリーは怯むことなく、にやにやしたまま「先生んとこは、まだだからねえ」と、意味深なことを言った。

「まだって……」

 薬を塗った腹をぽーん、と二度、三度叩いて語る彼女の言葉に、クレマンは衝撃を受けた。

「あんたんとこの嫁さんだって、将来はこんな腹したおっかさんになるのさ」

 ちょうどその場に、ブリジットがやってきた。自分が話題に上がっていると知り、首を傾げている。マリーはブリジットを観察すると、「おばさんも結婚したてのときは、ブリジットちゃんみたいに細くて可愛い娘っこだったんだけどねえ」などと血迷ったことを言う。  

 ブリジットはどう反応すべきか、夫に困った目を向けたが、クレマンはそれどころではなかった。

 常に手元で見られるようにしているイヴォンヌの事件の資料をまとめた紙束を取り出した。正確無比なスケッチと、目の前の中年女性の豊満な腹を見比べる。医者としての自分の目を、クレマンは信じている。

「ブリジット……今日の患者さんは、あと何人だろう」

 診察室の前で喋っている人々は、すでに診察が終わった者も、そもそも患者ですらない者も混じっている。サンソン家の診療所は、教会と同じくらい、地域の交流場所として認識されている。ここに来れば、必ず誰かがいるのだ。

「あと三人です」

 できるだけ速やかに診療を終えることができれば、時間は間に合う。早いうちに真偽を確かめたかった。

 クレマンは、マリーおばさんをやや強引に追い出すと、次の患者を呼び入れた。

 

29話

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