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<【41】
予定通り、一日で退院した。母が迎えに来てくれて、僕はスマートフォンを彼女に渡す。いっそのこと壊してしまえれば、と思ったが、自分の金で買ったものではないから、気が引けた。
家に着いてからも、あれこれと世話を焼く彼女に、僕は「いいから、座ってよ」と、ダイニングに着席するように促した。麦茶を入れたグラスを、僕は母に手渡した。
両親は、よそよそしかった。どう接すればいいのか、困惑するのも無理もなかった。
姉が死んだことを受け入れられず、狂ってしまった弟。両親にとっては、子どもふたりともがいなくなってしまったにも等しい。
麦茶で口の中を湿らせる。緊張で乾いて、舌が張りついてうまく喋れそうになかった。
「母さん。姉さんは……死んだんだね?」
まだ実感がわかない、「死」という単語を言葉にする。驚愕に染まった母の顔は、みるみるうちに涙ぐんだ。
「思い出したの?」
僕は少し首を傾げ、それから横に振った。完全に思い出したわけじゃない。
時折、クリアな音声でなくなることは、今までもあった。電波が悪いのだろうと思って、何も気にしていなかった。
だが、昨日の電話は、明らかに違った。心霊現象と名前をつけるのが、一番しっくりくる。あんな異常な声は、正気の姉には出せない。そう信じたい。
「なんで、死んだの」
答えを知りたかった。僕は、何も覚えていないのだ。通夜も葬儀も出席していたらしいのだが、ちっとも記憶に残っていない。
母にその当時の僕がどんな様子だったのか聞くのも酷だろう。姉を喪った悲しみで、葬儀のときのことなんて、僕とは別の意味で記憶に残っていないに違いない。
死因を、母はなかなか言いたがらなかった。おどおどして、視線をさまよわせる。なぜ言い淀むのかわからずに、「なんで」と、質問を重ねた。
「事故? それとも、病気?」
死因として考えられるものを挙げた。このふたつの原因ならば、母が言葉を選び、表情を曇らせる必要はない。
そうなると考えられるのは、三つ目の要因だ。最後まで、そうであってほしくはないと思っていた。
クーラーが効いた部屋なのに、顔の横を汗がつぅ、と垂れていった。顎を伝い、Tシャツの中へと水滴が落ちていく。
母は自分からは決して言わなかった。首を横に振り、涙を堪えている。
ああ、そうか。だから渚は、「後追い」なんて言葉を使ったのか。
僕は確信を持って、母を見つめた。
「自殺……なんだね」
問いかけではなく、念押しの形で突きつけられた娘の死因に、まざまざとその当時のことがよみがえったのだろう。とうとう耐えきれずに、母は顔を手で覆い、わっ、と嗚咽した。
これ以上、母を追い詰めることはできない。
「ごめんね」
言って、僕は母が泣き止むまで、傍でずっと見守っていた。
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