クレイジー・マッドは転生しない(60)

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クレイジー・マッドは転生しない

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59話

 別荘の部屋数は四つ。それぞれの部屋にベッドが二つあるから、自動的に俺と山本は同室。瑞樹先輩は三年生だし、一応受験生だし、一人部屋がふさわしいだろう。

 女子部屋は、となると。

「待ってよ仙川先生! 呉井さんは、あたしと同部屋!」

 ナチュラルに呉井さんの馬鹿でかいスーツケースを担ぎ、さらに彼女の身の回りの品が入った小さなバッグも持ち上げた仙川の腕を引き、柏木は止めた。お前、勇気あるなあ……。

 最近は鳴りを潜めていた仙川だったが、さすがに柏木の意見を聞き入れるのは、使用人魂に反することだったらしく、眉根を寄せている。

「円香様のお世話は私の役目だ。一緒の部屋は私に決まっているだろう」

「だめだめ! せっかくの合宿なんだから、あたしと呉井さんが一緒!」

 柏木は仙川からぱっと手を離して、呉井さんの腕に自らの腕を巻きつける。逆サイドの腕を仙川が優しく取るものだから、さながら越前裁きの構図である。肝心の大岡越前が不在だけど。

 真ん中で困惑している呉井さんに、やれやれと俺は助け船を出す。

「呉井さんにどちらがいいか、決めてもらえばいいだろ」

 彼女は揺れているようだったが、決定的だったのは、柏木の一言だ。

「呉井さん。合宿といえば、友達同士の楽しいおしゃべりが必須だよ。お菓子食べながら、あれこれおしゃべりするの。パジャマパーティとかって、したことある?」

 ないだろうなあ。恐れ多くも呉井家のお嬢様だ。

 最近知ったことだけれど、呉井家は地元密着型の各種企業のオーナーだという。例えば、スーパーマーケットや、土産のお菓子を作る製菓会社だとか。将来、地元で就職するならほぼ間違いなく、呉井傘下の企業に勤めることになる。最初は擦り寄っていた人間もいたらしいが、呉井さんの浮世離れした様子についていけなかったという。

「パジャマ、パーティ……」

 オタクではないが、呉井さんは文学少女である。少女小説の中で頻出するイベントに、淡い憧れがあるのは間違いない。うっとりと呟いた後、仙川に笑顔を向ける。きりっと凛々しい表情で、「恵美。柏木さんと同じ部屋に荷物を運んでちょうだい」と命じた。

「お、お嬢様……ッ」

 やーい。振られてやんのー。

 声には出さなかった。怖いから。でも俺の心なんてお見通しだとばかりに、仙川に睨みつけられた。柏木にはそんな目を向けないのに。男だというだけで、こうも違うのか。

「同じ部屋で寝たければ、家ですればいいではないですか?」

 呉井さんの部屋、たぶん広いんだろうな。整理整頓もされているだろう。床に布団を強いてもまだ余裕があるだろうし、なんなら簡易ベッドなんかも入れられるのかもしれない。

「いえ、そんな、恐れ多い……!」

「旅先でも同じでしょ?」

 呉井家の両親の目がない分、仙川も羽を伸ばして、呉井さんのことだけを考えて過ごしたかったに違いない。

 最終的には呉井さんの希望通り、柏木との同室が決まったのだった。

 仙川恵美は、敬愛するお嬢様には決して勝つことはできないから。

61話

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