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<51話
結局呉井さんは、被害届を出すことはなかった。少女は停学となり、そのまま自主退学をした。
手帳の事件はこれにて一件落着だ。一方のペンケース事件……いや、柏木脅迫事件の犯人は、呉井家のセキュリティチームが突き止めた。天才ハッカーでもいるのだろう。匿名アカウントから、どうやってスマートフォンの持ち主までたどり着けるのか、俺には理解ができない。
「あなたがこのアカウントで、柏木さんを脅迫したことはわかっていますわ」
プリントアウトした用紙には、証拠がずらずらと並べ立てられているらしい。俺は見なかったからわからないけど、目の前のクラスメイトの顔が真っ青になっているので、致命傷だったみたいだ。
俺の山本犯人説は、正しくなかった。半泣きになっているのは、クラスでも目立たない女子だ。クラスの隅で、長い前髪で顔を隠し、漫画を読んでにやにや笑っている。転校前の俺や、中学時代の柏木と同じ人種だ。
「動機は……そうですわね。あなたの持っている複数のアカウントを総合して考えるに、柏木さんへの嫉妬」
呉井さんの指摘は、図星だったようだ。
「あんたなんかに、何がわかるのよ」
おとなしくしていたのが、急にぎゃあぎゃあと喚き始める。お手本のような逆ギレだった。そこからはもう、俺たちが何も聞かなくても、勝手に話してくれた。
柏木がこっそり持っていたぬいぐるみを見てしまった。彼女のSNSアカウントも見つけることができた。
「同じオタクのくせに」
自分はクラスでも浮いていて、柏木はみごとに溶け込んで、そこそこ見た目がよく派手なグループの一員になっている。
柏木だけじゃなくて、呉井さんも彼女の標的だった。呉井さんはオタクではないけれど、見た目も中身も境遇も、クラスで一番恵まれている。異世界転生だのなんだのと夢を見ていいのは、、自分のようにオタクで根暗で、可愛くもなければ頭も悪いしお金持ちでもなんでもない、私みたいな人間の方でしょう……。
ベラベラと聞いてもいない逆恨みを話していて、気分が悪い。だが、呉井さんは表情ひとつ変えずに、黙って聞いている。
「もう、よろしいですか?」
話が途切れたとき、呉井さんが微笑んだ。恨み言はまったく応えていない。呆然とする脅迫犯の少女を無視して、呉井さんは柏木を振り返る。
「いかがなさいますか、柏木さん?」
「えっ、あたし?」
柏木が驚くのも無理はない。俺もてっきり、呉井さんが犯人の処遇を決めるものだと思っていた。
「ええ。ペンケースの件は、実行犯である柏木さんが誠心誠意謝ってくださったので、わたくしはもういいのです。大事なのは、追いつめられた柏木さんが、どうしたいのかということ」
戸惑う柏木ならば、御しやすいと考えたのだろう。キッと同級生は柏木を睨みつける。
「あんたがオタクだって、お友達にばらしてやる!」
SNSとは違い、面と向かって脅しつけられた柏木は、少しの間、俯いた。だが、すぐに顔を上げると、鼻で笑ってみせる。
「いいわよ、別に」
「え……?」
ぽかんと口を開けた奴を柏木も無視。
「呉井さん、何にもしなくていいよ。こんな奴を怖がって、構ってやるなんて馬鹿みたい。あたしは今後一切、こいつと関わらないだけ」
そこまで言って、「こいつ」呼ばわりした同級生を睨む。
「言いたきゃ言えばいいよ。隠し続けるのも限界あるしね。それで離れてくような友達だったら、それまでよ」
それに、と柏木はにっこり笑った。それから俺と呉井さんの腕に自分の腕を絡ませて引っ張る。
「あたしがオタクでも、少なくともこの二人は、変わらないもの。それでいい」
ね? そうでしょ?
微笑みかけられて、俺は頷いた。呉井さんも、優しく微笑んでいる。
「勿論ですわ。柏木さんは、わたくしの大切なお友達ですから……」
その言い方に俺は少し引っかかるものを感じたが、それが何かまではわからなかった。柏木が楽しそうなら、それでいいかと納得し、終わらせてしまったのだった。
>53話
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