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<15話
「どこが可哀想なの?」
「え」
母親に捨てられて、祖父母に育てられているというのはかなり不憫だ。それに、彼女自身の性格もあって、なかなか友達ができないということも説明した。
「だって、おじいちゃんやおばあちゃんに可愛がられてるんでしょ? 両親がいないのは確かに可哀想かもしれないけど、ご飯を食べさせてもらえないとか、殴られてるとかはない。それに、守谷さんしか友達がいないわけでもないじゃん。本当にあなたしかいないんだったら、休み時間の度にうちの教室に来るんじゃないの?」
風子は三階のうちのクラスにはほとんど来ない。忘れ物をして、何かを借りたいときだけだ。
それも、ほとんどは私の方が「今日辞典が必要だって言ってたけど、ちゃんと持ってるの?」と、彼女の教室に先回りして持って行ってしまう。
「知り合い全員と仲良くなることなんて無理だよ。うちのクラス見たってそうでしょ」
もうすでに教室から出て行ってしまった、茅島さんの座席付近に視線を向けた。
「でも、なんだかんだ一緒に付き合ってくれる相手はいる。あの子だって、うまくやってるんじゃないの? 守谷さんは守谷さんで、交友関係を広げればいいじゃん」
堤さんの言葉に、軽く殴られた衝撃を受ける。
確かに、風子は中学校までと違って、私のいない教室でも楽しそうにしていた。派手なクラスメイトたちと笑って、メイクをしてもらって嬉しそうだった。私の牽制を受けても、「だから?」という顔で、風子と喋っている姿をたまに見る。
「だからさ、今日はカラオケ行こう! あれだったらその子も誘っていいよ。人数多い方が楽しいもん」
私は堤さんの誘いを最後まで聞かずに立ち上がり、出入り口まで急いだ。扉のところで振り返り、「悪いけど」と断りを入れる。
「私もフーコも、カラオケ苦手なの。ごめんね」
風子が流行りの歌を知っているとは思えない。小学校の授業で習った童謡を入れて、笑われる未来しか見えない。
風子を嘲笑い、私と引き離そうとしたって、そうはいかない。
「守谷さん!」
思わず、後ろ手に音を立ててドアを閉めてしまった。まだ教室には、堤さん以外にも何人か残っていたが、明日から夏休みだ。一ヶ月弱の空白期間に、些細な出来事は忘れ去られるに違いない。
彼女たちは、みんなで夏の楽しい思い出を作るのだろうから。
とぼとぼと一階へ降りて、風子を迎えに行く。
「フーコ。お待たせ」
風子は教室にひとりだった。さすがは普通クラス。学校には友達に会いに来ているようなもので、午前中のみとなれば、すぐに街へとくりだしていく。
私の呼びかけに、風子は持っていた紙を机の下に隠した。ピンと来たので、つかつかと近づいて、彼女の手を押さえた。
「あっ」
案の定、隠そうとしていたのは通知表だった。ぐちゃぐちゃになってしまっているのを開いた。風子はもう諦めた顔をして、それから机に突っ伏した。
私の通知表とは、だいぶ違った。普通科目はもちろんだが、実技教科ですら最高は6。五段階評価に直すと3。つまり「普通」ということ。得意教科なんて、風子にはないのだ。
特にひどいのは、やはり数学だった。テスト前にあれだけ教えたにもかかわらず、通知表の数字は赤いインクで書かれた「1」の文字。
大きく溜息をつきたいのを我慢する。帰ったらさすがにおじいちゃんたちにお説教を受けるだろうから、二回もガミガミ言われるのは可哀想だ。
「フーコ。とりあえず、帰ろう。夏休み中に、うちで勉強すればいいよ」
風子の家、と言わなかったのは、真夏と真冬はなるべく彼女の家に長居することを避けたいからだ。築年数の経過している天木家は、外気の影響をもろに受ける。冷暖房はあるが、それでも真夏の蒸し暑さには耐えられそうもない。
うちはうちで、母親が難色を示すだろうが、家にいないときを見計らって呼べばいいのである。それに、来てしまったものを追い返すほど、うちの親も鬼ではない。風子の帰宅後の嫌味くらい、聞き流せる。
「ののちゃあん……!」
うるうるした目で見上げられ、飛びついてくる風子の身体を受け止める。部活で鍛えた体幹でも、彼女の重量に耐えるのは大変だった。どっしりと足を踏ん張らなければならなかった。
それに、うちに来てもらった方が都合がいい。
ようやく哲宏と風子を引き合わせる口実が見つかったことに、私は風子の頭を撫でて励ましながら、ほくそ笑んだ。
>17話
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