孤独な竜はとこしえの緑に守られる(24)

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23話

 妃を後宮に迎えたからといって、王の仕事が休みになることはない。どころかますます忙しくなったのは、シルヴェステルから後宮に行く時間と気力を奪い、その間にベリルを懐柔してしまおうという算段だ。

 実際、繋ぎを取ろうと個人的な面会を求める手紙や、茶会への招待状が引きも切らないほど届いている。

 予想どおりといえばそのとおりだが、ベリルにはナーガがついているし、カミーユにも折りに触れて様子を見に行かせている。何よりも、ベリルは外見の純朴さ、あどけなさに比べて賢い青年だ。シルヴェステルは、彼の人を見る目を信頼している。滅多な誘いは受けないだろう。

 自分にできるのは、仕事を最低限の労力で、短時間で終わらせることだ。今日の予定をカミーユに整理させ、休憩もそこそこにこなしていく。

 集中していると、書斎のドアがノックされた。

「どうした」

 執務室にやってくるのは、カミーユくらいしかいない。書類に目を落としたまま、シルヴェステルは入室を許可する。

「陛下」

 野太く不愛想な声ではなく、可愛らしい声に、シルヴェステルは思わず顔を上げる。

「お仕事お疲れ様です」

 と、満面の笑みを浮かべているベリルに、自然と頬が緩みかけ、咳払いでなんとかごまかした。

 シルヴェステルは彼の背後の大男に目を向ける。カミーユは、「止めたんですよ」と、額を押さえ、首を横に振った。

「また抜け出したのか?」

 ナーガや見張りの兵士たちには、ベリルが勝手に出歩かないように命令している。だが、彼はその目をかいくぐって、自室を勝手に抜け出す。ベリルは悪びれた素振りもない。勝手に来客用のソファに座り、自分は好きにするので、仕事に戻ってどうぞ、と、仕草で伝えてくる。

 シルヴェステルは溜息をついた。

「ベリル。何度も言うが、お前は誰かに狙われているかもしれないのだ。おとなしくしていてくれ」

 こればかりは、シルヴェステルの独占欲による心配のしすぎということはない。何十人と妃を抱えた竜王であっても、全員を平等に愛するということは難しい。最も寵愛を受けた妃は、誘拐されたり乱暴されたり、果ては暗殺されるという事件は、王家の歴史を紐解けば、何件も確認されている。

 特に、現在の後宮にはベリルしかいない。刺客の標的が分散されることもないので、非常に危険なのである。

 ベリルは己の身体は竜人よりも頑丈だと胸を張るが、そういう問題ではない。それに、確かにぶつかる衝撃には強いが、毒や刃物については、検証するわけにもいかないのだ。

 お前がいなくなったら、生きていけない。

 そんな弱音を吐いてまで、シルヴェステルはベリルに言うことを聞かせようとするが、彼はどこ吹く風で、大真面目にこんなことを言う。

「だって、陛下のお傍にいなきゃ、守れないでしょう」

 片時も離れたくないと言ってくれるのは、大変嬉しいことだが、ベリルの言い分は違う。彼は自分より立場も上で、身体も大人と子供ほどに違うシルヴェステルを守らなければならないという、強い責任感を発揮しているのである。

 初めて夜をともに過ごした次の朝から、一事が万事、こんな調子だ。何度説明しても、彼は納得しない。

 曰く、「毒入り葡萄酒を飲まずに済んだのは、俺のおかげでしょう」とのことだが、まさか妃を毒味係にするわけにもいかない。

 暇つぶしの道具を持参しているわけでもなく、ソファからじっと仕事ぶりを観察されるのはむず痒く、やりづらいことこの上なかった。

「ああ……ベリル?」

「なんでしょう、陛下」

 声をかけられて喜んでいる姿は正直に可愛いし、ずっとそこにいてほしいくらいだが、そうはいかない。

「王宮の中は安全なのだ。お前に守ってもらわずとも、外には兵士が立っているし、中にはカミーユがいる」

「でも」

 また夜会での事件を引き合いに出そうとするので、シルヴェステルは手を挙げて制した。分別あるベリルは、口を噤む。

「それに今から、カミーユと大事な話がある」

 嘘ではない。どうせ二、三日中に報告を受ける予定であった。今日になったところで問題はないし、むしろ早急に始末をつけたい案件である。カミーユも、すでにまとめているだろう。目配せすると、彼は大きく頷いた。

「俺が聞いては、ダメな話ですか?」

 ベリルはシルヴェステルが己の目に弱いことを熟知していて、上目遣いで懇願することを覚えた。珍味だろうが金銀宝石だろうが、シルヴェステルの力の及ぶ限りで叶えてやりたいと思うが、領分を侵すことだけは、許可できない。

「ベリル」

 低い声で名前を呼ぶと、彼はしおしおと肩を落とした。これ以上粘っても無駄だという線引きも学んでいる。

 ぐずぐずと立ち上がり、出て行きがたくチラチラ振り返るベリルを哀れんだシルヴェステルは、仕方ないとばかりに口にした。

「城の中は安全だが、外はわからない。視察などの公務の際にはともに行こう。そこで、私を守ってくれるか?」

「……はい!」

 ベリルはすっかり機嫌を直して退出した。あとは近衛兵が、後宮まで護衛してくれる。やきもきと待ちわびているナーガに説教はおまかせだ。

25話

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